韓国/南明里〜ツンゴル本流〜加智山〜オルンゴル下降 

■04/05/01-05      ■高橋・中井 他13名 〔記〕高橋

海外溯行同人の茂木完治さんの計画に乗り、初めての韓国山行となった。当会から中井君も参加し、総勢15名・平均年齢55歳という中高年即席登山隊が出来上がった。40歳の中井君は最年少、45歳の僕がなんと二番目に若いという凄いチームである。

5月1日、中央アルパインクラブの古田さんと名古屋空港で待ち合わせ、釜山へ。空港のレストランで冷麺を食べるが、7500ウォン(日本円で約750)だった。はて、高いか、安いか…。釜山空港で茂木さんたち大阪から来たメンバーと合流し、バスでロッテホテル前へ(4500ウォン)。もちろん、僕らが泊まるホテルがロッテの訳がなく、その裏の裏の路地を入った一泊20000ウォンのオンドル付の簡易ホテルだった。
kankoku5.jpg (7001 バイト)ホテルのビアレストランで、東京・名古屋・大阪・米子・熊本から参集したメンバーが勢ぞろいした。ビールを飲みながらの打ち合わせの後、市内散策へ。地下鉄に乗った早々、大学生()の若者に席を譲られたのには驚いた。もちろん断ったが、さすが儒教の国、日本とは違う。
ロッテホテルの周辺は釜山市内でもファッショナブルでにぎやかなところだか、一歩裏道に入ると、そこはアジアン。焼肉屋や海鮮料理の店、怪しげな雑貨屋、薬屋、連れ込み宿がぎっしりと軒を連ね、酔っ払いがふらふらと千鳥足。見ていても飽きないパワーを感じる。夕食は当然のごとく焼肉、本場の骨付きカルビを食す。「うまい!」柔らかさとピリ辛の絶妙な食感に思わず唸る。ビールを流し込んで、更に吼える「うま〜い!!」。レタスに生のにんにくとキムチを挟み、カルビを巻いてがんがん食べた。仕上げの激辛冷麺も言うことなし。激辛通の僕には大満足の食事だった。
 

5月2日、早朝より行動開始。地下鉄で移動し、現地でチャーターしたマイクロバス(10人乗り程度)15人が無理やり乗り込み、目的地の加智山のふもとまで行く。加智山ゆかりの寺院を見学後、登山口の南明里に向かう。埃っぽい国道沿いにりんご畑が広がるのどかな風景、日本の田舎にどこにでもあるような景色の村だった。ここで民宿を見つけ、茂木さんら9名のハイキング隊と、僕ら6名の沢登り隊に別れ、入山の準備を行った。
南明里の集落からは段々畑の中についた登山道をのんびりと歩く。あいにくの曇天だが、すぐに汗ばんでくる。気候も日本と似ているようだ。峠からは沢に沿って登山道を下降していくが、期待していた花崗岩のナメの谷はどこにもなく、どうも加智山の北面は岩質が違うようだ。ツンゴル本流に出たところで遡行準備を行い、いよいよ韓国の谷に第一歩を標す。中井君と僕はただ若いという理由だけで、タープ、ザイルをはじめ共同装備のほとんどを担ぐことを仰せつかる。「ありがたいことですわ〜」なんて言いながらも、ロートル沢屋を労わらないと後が怖い()
ツンゴル本流はこれといった滝もないまま高度を稼ぎ、一時間ほどで二俣となった。ルートを右俣にとると、すぐに堂々と落下する30メートル直瀑が出現。結果的にこの谷最大の滝だったが、ここは左岸についた登山道から落口に抜ける。
 このあたりから雨が降り出し、あっという間にずぶ濡れ状態。岩小屋に避難して様子を見るが、一向に止む気配もなく、また岩小屋は中途半端な規模のため、頭は濡れずとも尻はびしょ濡れという笑えるようなロケーション。このままでは朝まで踏ん張り切れないと判断して、樹林帯の平坦地を見つけ素早くタープを張った。一息つけば、あとはおきまりの宴会モードに突入するのはあたりまえ、ロートル沢屋のザックからは出るわ、出るわの酒とつまみの行進だった。中井君と僕が装備を担がされた訳がこれで分かった。それにしても、八代ドッペルの現役クライマーの千々岩さんといい、元紫岳会の伝説のクライマー・徳野さん(奈良山岳会)、沢登り八年目のパワー炸裂おじさんの道上さん(沢雪山歩)、そして中央アルパインクラブの古田さん…よくもここまで個性的なメンバーを揃えたものだと感心する。最も人のことは言えないが…。
 

翌5月3日、雨は小降りになったが視界は悪く、沢登りなどしたくない天気。鬱蒼とした樹林の中にゴーロが続くたらたらの沢を歩き出す。時折、小滝が出てくるが、それにしても何もない。大台あたりのはずれ谷を歩いているようで、このまま終わってしまうことを予感するのが恐ろしい。韓国特有の明るい花崗岩のナメは一体どこに行ったというのだ。そうこうしているうちに水が涸れ、中途半端な潅木帯に突入してしまった。そして、藪こぎもなく加智山頂上に出た。視界も悪く風が強い、立っているだけで鼻水が垂れてくるような寒さに我慢できず、写真を何枚か撮ってすぐに下山開始。直下には小屋があり、「ビール、ビール」と吼えながら突入した。しかし、平日なのか営業はしておらず、小屋の中を探し回ってもビールはない、あるのはビンの中に不気味な虫が漬かった、妖しげな酒()。これはちょっとパス、酒をあきらめて行動食を食べ、小屋を後にした。kankoku1.jpg (16680 バイト)
10分程下降したところで、なにやら賑やかに歩いてくる集団に遭遇。なんと、茂木さんパーティだった。「こりゃあ、奇遇だねぇ〜」なんて言いながら、再び小屋に戻って宴会となった。
僕ら沢登りパーティの下山路は氷谷(オルンゴル)に取った。いきなり花崗岩のナメが出てきたではないか。どんどん下っていくと、素晴らしいナメ滝が出現。登山道がすぐ横についているが、そこは、海外遡行同人隊である、ロープを使って懸垂を決める。25メートル、50メートルの二回の懸垂で沢床に降り立った。改めて見上げるが、「うーん、素晴らしいナメ滝…」。沢から登山道に入り、そのまま国道まで下降をする。国道の橋の下を覗くと沢には規模が大きなナメが続いているのが見える。すかさず沢床に下り、ナメが広がる沢を下降することに決める。そこからが白眉ともいえるナメのオンパレード。大釜をもった滝がかかり、白い花崗岩の上を滑るように水が駆けていく。“韓国恐るべし”である。これが見たくてはるばる異国の地に来たのだ。日本でもそうそう無いナメ沢だろう。
ナメは尽きることなく続き、やがて二俣となったところで国道に這い上がり、一層激しくなった雨にもかかわらず、十分満足を感じつつ南明里の民宿に戻った。
民宿で着替えを済ませ、バスで蜜陽市(ミリャン)まで行く。バスターミナルの近くの連れ込み宿(10000ウォン)に投宿。夕食はやっぱり焼肉、今度は豚肉専門の焼肉店だったが、これがめっぽううまく、再度“韓国恐るべし”であった。
 

5月4日、電車で釜山に戻る。午後からは自由時間ということで、郊外の温泉まで足を伸ばす。韓国の温泉はすべてすっぽんポン。タオルもなしというまさにフ○チン状態。一度体験したかった赤すりをしてもらった(10000ウォン)
夜は打ち上げの宴ということで、釜山港の海鮮レストランへ。店頭で水槽に入った見たこともない魚や、ミミズの化け物のような生き物、タコやホヤを選んで、おばさんに差し出す。それを手際よく料理してくれるのだ。正直言って、ポコ○ンかミミズがよくわからない生き物がこんなにうまいとは。そしてホヤ、これまで日本でまずいホヤを食い続けてきたことが今更分かったような旨さだった。再三“韓国恐るべし”であった。
その後、宿に戻って明け方近くまで、濁り酒のマッカリで酒盛り、翌日の午後の便で名古屋に戻った。

こうして僕の初めての韓国が終わった。出発直前にダイソーで買ったハングル語会話の本は一度も開くことが無かった。ハングル文字はずっと分からないだろうなぁ。それにしても食い物も旨いが、女性がきれいな国だった…うーん、また行きたい()。〔高橋 記〕 

〈タイム〉
5/2 南明里11:45 アレッチェ 峠12:40  ツンゴル本流二俣14:20  右俣出合(二俣)15:25  30b大滝15:35 幕場15:40
5/3 幕場7:00  加智山9:50  50b大ナメ滝13:00  遡行終了(国道)14:40 南明里15:45

〈参加メンバー〉
沢登り隊…L道上辰輝(海外溯行同人)・徳野嘉明(奈良山岳会)・古田健(中央アルパインクラブ)・千々岩廣臣(八代ドッペル登高会)・中井忠徳(名古屋ACC)・高橋憲常(名古屋ACC)
ピークハント隊…L茂木完治(海外溯行同人)・沢田幸子(早蕨山の会)・小倉靖子(Bush山の会)・古川トシ子(八代ドッペル登高会)・能勢唯司(海外溯行同人) ・山崎詮(海外溯行同人) ・清瀬祐司・真知子(クラブ雲峰)

 

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