カラコルム無名峰5800m(C14700mまで)

2008年8月4日〜23日      
■盛小根(記)・中央アルパイン
(石田・船田・古田・村崎・小林)

84日(月) 晴れ
 石田、船田、古田、村崎、盛小根は名古屋中部空港からバンコクへ。小林は成田経由バンコクへ。無事全員が終結しイスラムバード(パキスタン)着。

85日(火) 曇りのち雨
 5:00起床。6:45ギルギット行き国内線のフライトは悪天のため飛ばず、しばらく待機していたが陸路を取ることになり11:45イスラムバード空港を出発。14:00ガソリンスタンドに立ち寄った際、飲み物やおやつの調達。17:00過ぎ途中のChatar Planeで昼食。ここに限らず注文から料理が出てくるのに時間がかかる。21:10Besham到着(Continental Hotel)、到着が遅いので夕食は断った。

86日(水) 晴れ
 5:00起床。5:50Besham発インダス川沿いをひた走る。Chilasで立ち寄ったレストランの昼食はおいしかった。15:30頃路肩の地面に書かれた”LOOK BEHIND! NANGA PARBAT”。その案内どおり8125mのナンガパルバットが聳え立っており、初めて眺める8000m級に色めき立つ。しばらく行くと、何世紀頃のものか仏像などが描かれている大岩遺跡群が無造作に道路わきに放置されている。17:00Gilgit手前で給油、途中Rakaposhi7788mDiran7257m山群に車中くぎづけになっていた。20:20フンザ(Karimabad)に到着、今日の宿泊所。此処もまた7000m級山群がズラズラ連なる景観が間近に聳え、目の前にはRakaposhiDiranが鎮座、幸せに思え「来てよかった」。チエックイン、フロントと同じ階の1階はバスタブ付きの部屋ということでそこにしてもらったが、湯を張ったらねずみ色の水でビックリ。スタッフを呼んでみたが氷河の溶解した水なのでとのこと・・。夕食の時、イスラム圏はアルコールがご法度なのだが外国人だとおおめにみてもらい500ccビール4本、フンザパリ(焼酎)500cc1本をとった。・・3000Rs(6千円)と高価だったが。

87日(木) 晴れ
 連日の早朝発→夜到着のパターンの為、休養日。フンザに2泊することになった。此処は標高2500m、少しばかり終日、頭痛と眠気を感じる。Karimabadから少し南下したAliabadに行き街を散策、昼食は”Haider Inn/Tourist Cottage”local foodを食べた。この日夕方、初めてガイドのクディラートと対面。直前まで事故を起こした韓国隊のK-2(8611m)遠征に同行しており、私たちのガイドの為一足先に下山した彼は免れたのですが、同行者に彼のスタッフ(メルバーン・カリーム)が巻きこまれ亡くなったそうです。その対応のためこちらのほうへの合流が今日になったそうです・・。登頂後、頂上直下のフィックスロープが流れて無くなってしまったというのが事故の原因とのことでした。メルバーン・カリームは2年前の中央アルパイン・CAC(ACCでは神谷さんが同行)偵察山行の時、クディラートと同様同行してくださったHighポーターの方で、今回は全部で11人が事故で亡くなったと聞きます。

これからの行程等の説明と質問などの打ち合わせを済ませ夕食となるが、クディラートと同行して来たジープドライバーのレイモンから1,5?のフンザパリ差し入れがあり、皆さんご満悦。横並びの部屋からベランダ伝い、バルコニーに6人メンバーが集結。天の川を眺めながらフンザパリを飲んだ。

88日(金) 晴れ
 8:30出発。此処からは、昨日までのトヨタ車ハイ・エースを乗り換えJeepで行くという。途中民族博物館に、昔の人々の暮らしぶりが人形を使って説明されている。また、クディラート等の親戚の家にも拠り、中に上がらせてもらった。TVも置いてありお金持ちの家だということが想像されるが、婦人がクディラートの肩に小麦粉を乗せていた・・、日本では塩?「グッドラック、幸運を!」という意味にあたるのだそうです。16:10Shimshalに到着。此処は、パキスタン北のはて。もうすぐ国境を隔てて中国という所。自給自足、牛の放牧をしており乾燥地帯のなかにあって、すぐ近くを流れるシムシャール川のおかげで緑が青々としている山岳地帯の村だ。標高3000m、此処がクディラートの出身地だそうです。私たちは、村のゲスト・ハウスにお世話になる。軽い頭痛と、車移動のため肩凝りがひどく横になりストレッチをする。ホテルというわけにはいかないが、旅館並みのサービスは受けた。但し、風呂はないし電気も無いのですが、この時期だけ氷河の融解水で発電機が稼動し20時頃から電灯がついた。水道の栓から水は出なかった。

89日(土) 晴れ
 気温19℃、前日実家に帰っていたクディラートが午前中に来て私たちの登攀具などの装備や不足品の有無をチェックする。ここまでは移動で旅行という気分だったが、いよいよ登山の動き、皆気を引き締める。右足首を捻挫して痛みがあるという船田さんのケアーをめぐり、メンバー洋々の言動があってなかなか面白い。村崎さん「肉汁(汗)が出てくる」、古田さん・・テーピングがなかなかうまくつかないのを見て「体がオイリー(油っぽい)から」、石田さんは手当たり次第という感じ。見かねた小林さんが丁寧にはじめからテーピングをやり直していた。横で笑い転げる私。・・・胃腸障害に対する注意に限らず、これまで健康、アクシデントに留意してきて皆で無事に登りたいという思いを強くしていた。
 12:30 昼食後スタッフと共にゲスト・ハウスをジープで出発し、13:30登山口に到着。荷物とポーターの到着を待って14:15トレッキング開始。ポーター29(内、Highポーター2人)、コック1人、コックアシスト1人、羊一匹が同行。隊員の荷物はその日に使うものだけなので軽い。この日の行程は暑く、持ち上げた水はあっという間に無くなってしまい、ミネラルウォーターは限られているので少々心配。16:45 Zyoo(3350m)着、食堂テントがあっという間に組み立てられ、宿泊用テントは別のスペースに張られていった。隊員は、男5人、女性は私1人だけという構成なのでテントの振り分けは3人、2人、1人と、移動中のホテルの部屋の振り分けから始まっていたのですが、私にはずっとビップ対応だった。ポーター達はグループごとに石を組んで火を熾し、平たい石の上でナンを焼いて食べていた。

810日(日) 晴れ 
 6:30 15 8:30発。一回目の氷河帯を通過。氷河の上に小石や砂利の体積したモーレン帯のほうが歩きやすく、其処が極力利用されるが時には氷河がつながらず迂回したり、急な傾斜はバイルで足場を作り前進していく。天然のクーラーのおかげで暑い思いはしなかった。12:05 Distaghil Sar B.C.(3700m)着。前日と同じ、手早くテントが設営されお昼を簡単なスナックとお茶で済ませる。テントの中は直接の日照りで暑かったが、その暑さのため外に出る気になれず17:00まで読書を決め込み1人テントでごろごろした。暑さが和らいだ頃を見計らって小林さん以外(彼は単独ですでに終えていた。)他のメンバーと共にトレッキングし、200mほど高度をあげ高度順応に備える。此処で、船田さんの登山靴の底が剥がれてしまう! 石で積み上げられた家がもとからひとつ在り。古田さんのKenハウスがポーター達によって新たに作られた。彼はそこの慣習に従い作ってくれた人達に(本職の大工もいた)お祝い金を振舞っていた(6000Rs、約1万円)。夕食はスープから始まり、ナント7品も出てきてビックリしたし、おまけにデザートまで出てくる。痩せるどころか、太って帰ることになりそう・・。

811日(月) 曇り
 8:25発。今日の行程に氷河横断は無く、岩稜帯をいつもの様にガイドのクディラートを先頭にゆっくり高度を上げて行く。10:20 MadHill到着、此処がB,C,だ。ポーター 29名はここから下山して行く。外気温はすでに30℃を超えているが、風が吹いて涼しく感じられる。夕食はBC入りを祝してか豪勢だった。ここからはミネラルウォーターではなく、近くの水源からようやく集めたにごった水をボイルして飲食に使用していった。トイレも水源の反対側に大岩を除け、さらに穴を掘り整地して作られた。ちゃんと、岩で前隠しも設置されていたのには「細やかな人たちなんだ〜」と感じた。夕方から小雨、夜半からは雨。夜中、テントにビニール・シートがかけられ防水対策されるが、すでに私のテントは雨漏りのため水溜りができ、石田&小林テントに避難した。

812日(火) 雨のち曇り&ガス
 早朝から出発予定だったが雨が降り続いたため、出発時間をシフトした。9時頃、クディラートさんとカリームさん(high altitude porter)が先行出発し、ファルザールさん(high altitude porter)と私を除く5名が10時少し前に出発して行った。私は、手をつけてしまった読みかけの本を読みながらここで高度順応!と決め込み1人テントに戻りごろごろしていた。

以下、行動したメンバーの報告:
11時頃、氷河帯を渡った登りの取り付き箇所で船田、古田はB.C.へ戻る。残る石田、村崎、小林が先に進む。12:15今日の最高到達点(C1より100150mほど下と思われる)C1辺りでは降雪だったらしい・・ファルザールが持ってきたザイルをデポする。先行していたクディラート、カリームもガリーの上から降りてきて合流した。クディラートがSkarduUS$200-で買ったというプラスティックブーツ(ASOLO,Italy)製がバラバラになってた。この下山途中で、クディラートさんが金鉱石を拾う。(持った時の重さがまったく違うことからも、本物のようだ。)14:15 B.C. に戻る。

813日(水) 雨のち曇り
 夜半から小雨、朝も雨。朝食後にどうするかをクディラートを含めて議論した。明日(8/14[])出発では全く余裕が無くなるため、今日からC1に上がるべきという意見と、リスクが大きいため明日以降にかけるべきという意見に分かれた。最終的には(今日出発する場合)雨で岩が緩んでいるので、責任を持てないというクディラートさん意見が決め手となったと思うが、結論としては明日からの最後のチャンスにかけることとなった。こう停滞が続いたのでは持ち込んだ食料が余ると踏んだ私達は、昼食は日本隊の寄せ集め食材で作り、皆で食べることにした。α米を使った簡単な料理でちょっと引け目を感じたが、コックをはじめクディラート、ポーターも喜んで食べてくれた(と思いたい)
 13:3017:00という約束の元、前日行動していない私は石田さんに付き合って頂き氷河を渡り対岸まで行く。途中のコナーズ峰(異なる氷河帯)で雪崩が起きてしばらく観察、雪煙が1分ほど続いていた。無事B.C.到着、クディラート、カリーム、ファルザール等と談笑していたが少し寒くなり軽度の頭痛と生あくびが出てくる。彼等にはそんなことは全く、元気そうでうらやましい・・。夕食後、足首の捻挫や登山靴の故障でB.C.止まりを決め込んでいる船田さん以外の5人がディスカッション。「このままでは情けない」「クディラートの責任が持てないという、突き放すような発言に不信感」とか、結構マジの会話だった。

814日(木) 晴れのち曇り

やった〜!行くぞ。ようやく行動できる天気になった。9:00 過ぎにB.C.を出発。此処からはシュラフ共々各自が担ぎ挙げる。9:10〜10:15モーレンを拾いながら氷河横断、気温24度。12:25 ガレーでの最後の休憩。急所をトラバースして右側岩稜尾根に出るその後、足場の悪い浮き石だらけの谷沿いを登る。13:45 C1地点に到着15℃。そこは何者にも踏まれた様子が無く、足元の石は平ら状のもので整然と重なるように林立していた。C1設営後、C2に向けクディラート等は、fixロープを2時間ほどかけてはった。私はというと高度障害に悩まされ、バッファリン1錠とダイナモックス半錠を飲み彼等が戻るまで横にならせてもらった。夕食はそれぞれで支度をして摂った。夜中、お腹がごろごろしトイレに起きだした。

815日(金) 
 朝、外は小雪が舞い、7時出発予定を1〜2時間様子を見る。その後、12時までに天候が回復すればC2に上がるという話になったが結局天候は回復せず。さらには午後、夕方からはずっと雨となり、一日中テントで停滞となる。強行しなかった理由は、fixロープを上がった直後のクレバス帯を通過する際、ある程度の視界が必要であることや、新雪による雪崩の恐れなどがある。
 夕食後、明日の予定を話し合う。天候が良ければという前提で、1. 皆でfixロープを上がって、C2近辺までの行けるところまで。2. 一人、頂上へアタックさせ、他4名はC1で待機。の選択肢を決めておいたが、クディラートの意見により、新雪による頂上直下の雪崩の危険の指摘などあり、★1に決定した。21:00就寝したが1分ほど雪崩の音が聞こえていた。相変わらず頭痛があり、お腹もごろごろして小林さんから現地の下痢止め薬をもらい半錠と胃薬を同時に飲んでおいた。

816日(土) 雪、BCは雨のち曇り
 朝、起きると外は積雪で一面、銀世界となっており、fixロープを上がる話もなくなる。クディラートらがfixロープを回収しに行き、10時頃、戻るという話となる。クディラートらが戻り、10時を少し過ぎたころ、B.C.からシャヒーンさん(クディラートのパートナー)とサルワールさん(クディラートの叔父)が応援に駆け付けてきた。私たちの登ってきたルートではなく急な岩稜を、天候の悪い中、B.C.から2時間でスニーカーで登って来るところがすごい!彼等は前日、シムシャール村からB.C.入りし今日此処に登ってきたということだった。10:20 C1を出発、下山開始。別の南側斜(Shimshal White Hornからの氷河帯に降りる)ルートを下る。C1付近は中途半端に積もった雪で、滑落に要注意だった。11:05 氷河帯まで降りきり休憩。(その後、一か所氷河を懸垂下降する。) 12:00 氷河帯の中間部。B.C. から来たコック・サポーターと合流、ここでお茶休憩。数年前に遭難したというポルトガル隊の遺留品(砕けたテント・ポールや衣類、ヘルメットなど)がある。ここでも、氷河帯の奥で大規模雪があり一時騒然となったが、幸い私たちの休んでいる地点までは到達せず。12:55 B.C.到着。コックが精一杯作ったであろう昼食後、2?のカモノハシ一杯のお湯をもらい、頭から被りさっぱりした。夕食にコックからフンザパリの差し入れと、にくい演出。頭痛は軽減したが、顔面はジンジン、お腹はごろごろする。とうとう下痢をしてしまった(細菌性の下痢ではなく、高所障害による胃腸障害と想われる)。痢止め薬半錠と胃薬、風邪気味にもなっていたので手持ちのサフラックスも同時に飲んだ。

817日(日) 
 よく夢をみた。朝、外は雨が降り続ける。(天候はさらに悪化。昨日のC1撤退で正解。) 10:30少し前にキッチン・テントに向かって大きな落石があるというアクシデントがあった。幸い、キッチン・テントの5mほど前の岩にあたって止まり、被害などは出ずに済んだ。雨の止んだ13時過ぎに水晶探しなどで散策。(しかしながら、小雪や小雨が時折ふる。)

818日(月) 曇り
 7:45 B.C.を出発。ポーターは順次登ってきている。8:35 Distaghil Sar B.C.着。お茶休憩。9:25 モーレーン帯へ。(途中、難所は足場をカットしてもらい、時間を食う。) 後続のポーターのためでもある。12:15 Zyoo に到着。14:00 登山出発地点に到着、実質登山は終了した。15:10 出発、Shimshal村には寄らず、直接Passuへ。17:05 PassuAmbassador Hotel到着。Shimshal入りしてからずっと実に10日間もシャワーを使っていなかった。本当にそんなことが出来てしまったのだ!!夕食時のビール(500cc)2本で久しぶりのベットの上、爆睡してしまった。同行のスタッフ等は庭にテントを張って一晩を過ごしたようだった。

819日(火) 晴れ
 Passu Gilgit。今日からまたTOYOTOのハイ・エースで移動。8:25 Passu 出発。9:5510:30 フンザのクディラートさん事務所でお茶。コックとコックヘルパーからフンザパリのさしいれを貰い、此処で彼等と別れる。日本へのお土産に岩塩を買う。10:55 フンザのEmbassy Hotelで昼食。15:30 Gilgit, Riveria Hotel到着。16:3017:30 マーケットで買い物。クディラートから隊員全員に現地の帽子を買ってもらう、おまけに私は現地の服(希望したのがシンプルな男物)もだ。いいのかなぁ〜っと思っていたら、この日の夕食になって、明日からも陸路であることが分かる。クディラートの言い分としては「(悪天候が続き)、パキスタン航空の担当者いわく、29日までフライトの保証ができないということでMajeed(イスラマバードからフンザまで案内ガイド)が航空券の払い戻し(= refund)したとのこと。Riveria Hotelで、JICA関係?の日本人女性においしい干しアンズをもらった。(その道9年でURDU語もペラペラの女性だった。)

820日(水) 晴れ
 6:40 出発。陸路でK.K.H.を南下。9:20 Chilas到着、早い昼食後、11:10過ぎに出発。14:0014:30 Dassu でお茶休憩。17:00 Besham到着。イスラマバード入りしたときのContinental Hotelは不評だった為、ホテルはリクエストしPTDC泊。

821日(木) 晴れ
 Besham Islamabad7:30 出発。9:4010:10 Chattar Plane、お茶休憩。12:0513:30 AbbottabadUsmaniaレストランで昼食。16:20 イスラマバードのホテル到着。19:2020:50 ホテル外の"Kabul Restaurant"で夕食。

822日(金) 晴れ
 帰国日。10:00 Super Marketに買い物。あまり店は開いていなかったが、カラコルム全部が収まっている地図だけは手に入れた。11:0012:30? Melody Marketで昼食。屋外の露天が並んでいるところで、周りの屋台?から、料理を持ってきてもらうシステム。18:30 ホテルを出発。19:1020:30 Rawalpindi "Red Onion" という店で夕食。ピザなどがある店で、これまではガイドのクディラートが注文していたが、自分たちで注文をとった。それにしても一皿が大きすぎるので注文しすぎ気味になってしまう。21:00 過ぎ、イスラマバード空港着、チェックインし、出国。

823日(土) 晴れ(日本は雨)
 イスラマバードからの飛行機は、バンコクに朝6:15過ぎに到着。名古屋メンバーと成田メンバーは、ここでお別れ。帰国の途へ。

敬称、省略

DATA
8/4 出国(中部/成田よりバンコク経由でイスラマバード)
8/5 移動(イスラマバード11:45Besham到着21:10 (Continental Hotel))
8/6 移動(Besham5:50Chilas Gilgitフンザ(Karimabad) 20:20)
8/7 フンザ(Karimabad)休養日
8/8 移動(フンザ8:30 Gulmit Passu Shimshal16:10)
8/9 Shimshal 12:30登山口13:30出発14:15Zyoo(3350m) 16:45
8/10出発8:30Distaghil Sar.(3700m) 12:05
8/11出発8:25MadHillB.C. (4200m)10:20
●8/12停滞(偵察&高度順応実施)
8/13停滞
8/14 B.C.出発9:0013:45 C1(4700m)
8/15停滞
8/16 fixロープを回収、C1出発10:20B.C. 12:55
8/17悪天(散策)
8/18 B.C.出発7:45Distaghil Sar8:35Zyoo12:15登山口14:00登山口発15:10PassuAmbassador Hotel17:05
8/19移動(Passu Gilgit)
8/20移動(Gilgit Besham)
8/21移動(Besham Islamabad)
8/22 帰国(イスラマバード空港着、チェックインし、出国)
8/23 帰国(バンコク経由で中部/成田