北ア/黒部別山大タテガビン第一尾根〜剣岳八ツ峰二稜(右稜)〜早月尾根 |
■01/04/28-05/02 前夜発 ■林正/他3名(わらじの仲間) |
| 今年のGWは昨年ほどの長期休暇は期待できないものの、やはり黒部・剱方面へ、叶うことならS字峡横断から剱を目指したかった。僕にとって「夏の甲子園」が飯豊の谷であるのと同じように、「春の甲子園」は黒部・剱なのだ。4月初旬までパートナーが決まらずにいたところ、わらじの仲間の吉原さんから、表題のような案は如何でしょうか?というメールがあり、個人的には未だ足を踏み入れたことのない「黒部別山」という山について、持ち合わせている僅かだが全ての資料を調べてみた。
「(前文略)山容の特徴は、東面は黒部川との標高差約1000mから1300m、おびただしい数の岩稜やスラブ、深く刻まれたルンゼ、垂壁が複雑に入り組み、それらは黒部川へ高度を下げるごとに急峻となり、いわゆる黒部川の下ノ廊下を形成している。(中略)冬期登攀については、雪崩にいかに対処するかが成功の鍵である。他の3000m級の山にさえ見られないむずかしさと危険性を含んでいることを考え合せ、できる限りの周到な計画と準備で入山したいものである。それと一度決断したら勇気を持ってスピーディに行動することが成功の確率を上げる重要なポイントである。」―黒部別山(黒部の衆)『日本登山体系』より また、大タテガビン第一尾根については「この尾根は、連続する岩峰間が深く切れ落ちたコルとなり、垂直の木登りなどもまじえて黒部別山の尾根では最も困難なルートである。(以下省略)」―同上 おいおい、これはとんでもないところではないか…とかなりビビってしまった僕を、唯一勇気付け、かつその気にさせてくれたのが、次の一文である。 「A黒部別山大タテガビン第一尾根…剱岳についてまだ何も知らぬ頃、この尾根から八ツ峰を経て本峰に立った。とにかく急峻で、ヤブや壁、あるいはギャップや鋭いナイフリッジの連なる、変化に富んだなんともいえない尾根。健脚の仲間と三日間というスピードで下山してしまったが、忘れがたい。以来、同コースを積雪期にと念願しているが、果たせぬままに、もうずいぶんとたってしまった。」―私の好きな雪稜BEST3(わらじの仲間 宮内幸男)『岳人587号』より この言葉を信じた自分が馬鹿だった、と気付くのにそれほど時間は必要なかった…。 【行動記録とコースタイム】 4/28<晴> いつものように夜行を乗り継いで早朝の信濃大町へ。急行アルプスの臨時便でやってきたわらじの3人と合流して、タクシーで扇沢へ到着すると、トロリーバスの切符売り場は早くも長蛇の列だ。さて、知り合いはいるかな?とあたりをキョロキョロ見回すと、パッキングをしている3人組に目が留まる。緑色のカンプのヘルメット…オッス!と声を掛けると、穴毛谷第二尾根で会った日本山岳会青年部の榎並君と三好さん、そして今回初めて会う木下君であった。彼らは以前話していた通り、黒部川白竜峡横断〜黒部別山中尾根支稜〜八ツ峰滝ノ稜という計画だそうだ。牽制の効き目があったのかもしれない。穴毛谷での会話に加え、吉原さんも三好さんからのメールに「第一尾根は私が行きます」と返答していたそうだ(ヨセミテや戸隠、足拍子などでバッティングが多く、この2人も知り合いなのだ)。こんなマイナーな山域で他パーティーとの駆け引きが必要になるなんて、笑えてしまう。しかし、まだ若いうちにこんなマニアック(ビョーキ)な山行をやっている彼らは、将来どーなるのだろうか?と要らぬ心配をする我々は、もう若くはないのだろうか?ここから岩小屋沢岳へ登る彼らとエールを交換し、別れる。 黒部ダムから一緒だった大集団は、どうやら赤沢出合にBCを構えるようで、その先は我々だけで雪に埋まった黒部川を下っていく。内蔵助谷出合からしばらくは雪が切れていて、左岸の道に這い上がったりしながら、下降を続け、やがて新越沢出合へ到着。対岸の台地から眺めると、新越沢は下ノ廊下を代表する剣谷の一つというだけあって、出合から難しそうな直瀑を懸けている。ここから巨大なラビーネンツークの残る大タテガビン沢へひたすら登高していくが、途中このラビーネンツークのゴルジュ内を通過しなければいけなくなった。1人づつ通過していき、最後の僕が通過中、もう少しで抜けられるというとき、上の3人から「ラク!ラーク!」という叫び声に顔を上げると、左岸の上部からサッカーボール大の落石がものすごいスピードで転がってきた。幸運にも僕の鼻先30cmくらいのところをかすめて事無きを得た。この後も、大タテガビン沢右岸の方では、ブロック雪崩や落石が頻繁に起きていて、なんとも凄まじい光景だ。ここから左岸の支ルンゼに入り、ロープを出す。この日は全て吉原さんがリードする。トップがロープを2本引っ張って行き、セカンドがユマーリング、サードが確保で登っている間に、終了点に着いたセカンドの確保でラストが登り、終了点に着いたサードの確保でトップが次のピッチを延ばすというシステムだ。4人全員の脚が揃っていれば、このシステムは合理的だ。 1P目:支ルンゼ右岸から、大石の下まで。落石多し。 ◎黒部ダム(8:10)黒部川新越沢出合(9:45〜10:15)大タテガビン第一尾根P3直下JCT(18:20) 4/29<晴→曇> この上が第一尾根の核心だ。この日も前日と同じシステムでの登攀。 ここで大休止し、この先は吉原・洋樹ペアと大蔵・林ペアに別れて登高。ここから中尾根支稜を登高している3人組が見える。「あの辺はまだ、ビョーキじゃないんだよねー、大ちゃん」と2年前に登った吉原さん。その間に見える大ヘツリ尾根は、トサカ状の鋭いナイフリッジが魅力的だ。ちなみに積雪期未登。 27P目:傾斜の緩い雪稜。洋樹リード、50m。 終了点は潅木に囲まれた平坦地で、絶好の幕場であった。よかった!生きて抜けることができた!と一同再び胸を撫で下ろす。「今回のテーマは藪!」と吉原さんが言い切るように、第一尾根はとんでもない藪尾根であった。露岩にアイゼンをガリガリ鳴らしながら、潅木にすがりつき、垂直の木登りでザックを押さえ付けるブッシュに悪態をつく、という場面がまたかまたかと繰り返される、そんな尾根であった。これが「私の好きな雪稜BEST2」だって?!「初めての別山が第一尾根なんて、そんなヤツ普通いないよなー」と変に感心をする吉原さん(あなたが連れきたんでしょーが…)。全くとんでもない代表とチーフだ…この日はテントとゴアツェルトに2人づつ別れて寝たせいか、ちょっと寒かった。 ◎幕場(5:05)第一尾根P1核心部終了点(14:10〜25)南尾根P1北2190m付近(15:50) 4/30<雨→晴> 天気予報通り、雨の朝を迎えるが、この日も3時起きで雨が止むのを待つ。太平洋側に比べて日本海側の回復が早いと告げる予報を裏付けるように、同じ北アルプスでも南の方は暗く、北のほうは明るい。2時間ほどウダウダしてから霧雨のなか出発する。黒部別山の中では比較的ポピュラーな好ルートである南尾根にもまだトレースは付いていなかった。南峰を越えてハシゴ谷乗越へ降りてくる途中、ガスの中に迫力ある八ツ峰T峰の支稜たちが見え隠れする。目指すU稜は岩峰が林立し、これまた難しそう。ハシゴ谷乗越から内蔵助平経由で黒部ダムへ下山してしまう大蔵に「大ちゃん、八ツ峰に登らないで、ここで下山したら、藪尾根だけで終わってしまうよ」と吉原さんが盛んに誘惑する。何を隠そう、吉原さんは昨春、宮内代表にそそのかされ、黒部ダムへ下る予定が馬場島まで付き合わされたのだ。ったく、この代表とチーフは…そんな甘い囁きに負けることなく、大蔵は「温泉、温泉…」と心の中で呟きながら下山していった。「温泉いいなー…」と洋樹が羨望の眼差しを向ける。尾根から谷へ、谷から尾根へと斜めにトラバースしていき、剣沢の真砂沢出合付近に降り立つ。すっかり青空が広がり、谷の中は360度の照り返しでオーブン状態だ。U稜(右稜)の末端の雪稜をひたすら登高していくと、やがて最初の岩峰が現れ、ロープを出す。この日も全て吉原さんのリード。 1P目:岩峰左側のブッシュ帯に突っ込み、雪稜へ抜けて、次の岩峰の基部まで。50m。 右手に立ちはだかるマイナーピークの岩壁を、はたして越えることができるのだろうか…この八ツ峰U稜については、個人的には全く手持ちの資料がなく、前述の『岳人630号』の「マイナーピークの登りが悪い。全体的に雪崩の危険がある」という情報しか得られなかったのだ。メジャーな八ツ峰にあってマイナーなU稜。深く掘り込みブロックを積むと、城砦のような幕場が誕生した。 ◎幕場(7:50)ハシゴ谷乗越(10:10〜25)真砂沢出合(11:00〜20)八ツ峰U稜マイナーピーク基部(17:00) 5/1<晴> ナイフリッジを岩壁基部へ移動し、いよいよ核心のマイナーピークへの登高を開始。 10P目:アイゼンを軋ませながら岩壁左よりを直上し、太いダケカンバまで。吉原リード、30m。 ようやくT峰に立ち、一同三たび胸を撫で下ろす。八ツ峰T峰の支稜にあって岩壁、藪壁、雪稜と変化に富むU稜。この登攀中から僕の心の中にある感情が芽生え、やがてそれが支配的になってきた。充実感が感じられないのだ。昨春の十字峡横断のときは2人で9日間、一生懸命考え、目一杯動き、互いの知恵と力と経験を出し切ったという充実感があった。ところが、今回は黒部別山第一尾根にしても八ツ峰U稜にしても、自分の力を明らかに超えた困難なルートであった。核心部を含めて難しいピッチは全て吉原さんのリードとなり、我々はフォローで登るのが精一杯という状態だった。吉原さんがいなければ、これらのルートを登りきることができなかっただろうし、そういうルートをトレースできたことは幸運だったと言える。しかし、トップでルートを拓くときの面白さ(充実感)を最後まで味わうができなかった。一方で、こんな山行も必要なのだと思う。最も充実感が得られるのは「同レベルのパートナーとの全知全能を発揮できるような山行」に違いないが、力を付けるためには「自分よりハイレベルのパートナーと行く自分の力を超えた山行」もやはり必要なのであろう、久しぶりにその言葉を実感する山行であった。 さて、あとは誰もいないがトレースの残っている八ツ峰主稜を淡々と進む。昨春の幕場だったT・Uのコルへ降り立ち、その先の小ピークから極めて鋭いナイフリッジを経て尾根通しにU峰へ。U峰から懸垂でコルに降り、V峰から懸垂でV・Wのコルへ。この日の行動はここまで。 ◎幕場(5:30)八ツ峰T峰(14:00〜30)V・Wのコル(16:45) 5/2<曇→雪→雨> 条件さえよければこの日一気に下山できる。W峰から懸垂すると小さな幕場跡があり、X峰から2ピッチの懸垂でX・Yのコルに降り立つと、三ノ窓側に雪洞があった。スタカットで巨大なY峰を登り、Z峰から三ノ窓側へ懸垂で下ると、トレースは[峰の三ノ窓側をトラバースし雪壁を直上していた。池ノ谷乗越へトラバースするトレースを外れて八ツ峰ノ頭へ。とうとう誰にも会わないまま八ツ峰主稜をトレースした。GWの谷間という好条件で、先行パーティーとのタイミングがちょっとずれたためだろう。35mの懸垂で池ノ谷乗越に降り立ち、大休止。生涯8度目の剱岳山頂は、源治郎尾根側に雪洞を掘っている2人パーティーがいる以外は、我々だけの静かな頂であった。まだ真っ白な早月尾根を2回の懸垂を交えて下り、早月小屋の前で先行の3人パーティーを一気に抜き去り、ノンストップで滑り下る。気が付くと雪から雨に変わっていた。豊富な残雪を利して今年も白萩川への斜面を下る。1人アイゼンを外していた僕は尻セードで滑り下り、早月小屋から1時間という早さで白萩川に降り立つ。雨で雪でグショグショになりながらも、雨の中の桜が美しく、妙に清々しい気分だ。途中で道端のフキノトウを摘んで馬場島へ。上市鉱泉で5日間の疲れを癒し、2001年の「春の甲子園」は終わった。 ◎幕場(5:30)八ツ峰ノ頭(10:20)池ノ谷乗越(10:45〜11:10)剱岳山頂(12:00〜30)早月小屋(14:20)馬場島(15:50) 【装備について】登攀具についてはφ8.1mm×50mロープを2本、スノーバー1、デッドマン1、ハーケン6〜7枚、エイリアン2。懸垂支点用として竹ペグを4組、土のう袋を3枚用意したが、全て潅木を利用できたため、これは全く使わずに済んだ。スリングは大タテガビン第一尾根で3本、八ツ峰U稜で3本、懸垂用に残置したが、八ツ峰主稜では先行パーティーが残置したものと思われる真新しいスリングを使用。 【食糧について】夕食・朝食とも主食は、全て尾西食品の2人用アルファ米(白米・赤飯・五目ご飯等)を4人で3個、または3人で2個使用。夕食のメニューは乾燥肉・野菜を利用したカレーやシチュー、ハヤシライス、マーボー春雨といった定番メニューで、朝食は焼きそばや玉子スープ、ラーメン等。 【行動食について】初日〜3日目用にパン、4日目用にパウンドケーキ、5日目〜6日目用に米菓(せんべい、スナック)とカロリーメイト、この他に各種飴を全部で20個ほど用意。行動用飲料として、御用達のアミノバイタル2袋とペルーで買った怪しげなオレンジジュースの粉末を1袋用意。[林正 記] |