御岳東面/西野川支流白川南股川南俣、中俣

■00/07/22-23 前夜発    ■高橋/浅野


7月22日快晴。“梅雨明け十日”とはよく言ったもので、早朝からうだるような暑さの中、中の湯から百間小屋への道を急ぐ。南股川で残された中俣と南俣の遡行が目的である。
百間小屋からは南股川に下降するルートはない。過去には修験者が開いた登山道があったが、昭和59年の長野県西部地震で崩壊してしまった(2万5千分の1「御岳高原」には百間滝までの登山道の記載があるので注意)。我々は、百間小屋からしばらく南に下った登山道(修験者が設置した仏像がある)より、一気に南股川へ落ちている急な尾根を下ることにしたが、これがとんでもない痩せ尾根で、下向きに生えた猛烈な熊笹の薮に始まり、崩壊した壁、草付き、ガレと始終緊張しっぱなしの下降となり、帰路のことを考えて赤布を付けながら下った(所要2時間)。

■南俣(7/22)
やっとのことで中俣の出合いに着き、幕場を確保して、南俣に向かう。10時40分、遡行開始。いきなり垂直に落ちる30メートルの滝が出てくる。大正滝というらしいが、左岸の急なルンゼを50メートル登り、ハングした壁に沿ってカモシカ道がついた草付きのバンドをたどり落口に出る。滝から上は快適なナメになっているが、すぐに狭いトンネルのような磨かれたゴルジュに変わる。周りの壁や岩峰は40〜50メートルもそそり立ち圧倒的な威圧感がある。しかし、遡行そのものは、へつりや突っ張りでゴルジュ内を進むことができ、すっきりした内容である。12時10分、稜線を目前にした奥の二俣に到着。水量は極端に少なくなっているが、左から二段25メートルの糸を引いたような美瀑が落ち、右からはガラガラの岩が詰まった奥に水が涸れかけた6メートルの滝が落ちている。地図では左の沢が本流のようであるが、帰路の下降のこともあり、ここで遡行打ち切りとした。
あまりの暑さにぼやきつつ、硫黄臭がする水を浴びるように飲みながら幕場に到着。ツエルトを張り、焚き火の準備をするとあとは何もすることがなく、眼前にそびえる岩峰と、薄れゆく空をぼんやりと眺めながら、ぶなの梢から出てくる月を待った。

■中俣(7/23)
下呂町在住のW氏(中俣の初遡行者と思われる)の言葉を借りると、中俣は“御岳最悪の沢”らしい。確かに、南股川流域については、二年越しで下流から二度に分けて北俣を遡行した経験からも、御岳にあってはそのスケール、厳しさは群を抜いていると思う。西面の険谷である小坂川兵衛谷やシン谷、王滝川の支流群と比較しても、人を寄せ付けないような荒涼感は別格である。そんな中俣に挑める幸運は沢屋の無上の喜びと形容したい。
3時起床、5時出発。左右を50〜60メートルの壁に囲まれた広いゴーロを歩く。15分で「女蝶の滝」。のっぺりした垂直の壁から落ちる30メートルの直瀑である。あたりには御岳特有の赤茶けた火山岩が堆積し、風化が進んだボロボロの壁が圧倒的な角度で立っている。いきなり手も足も出ないどん詰まりに立たされた思いで、なんとか高巻きルートを探すが、左岸から入る落石が詰まったガレは危険この上なく、登路として唯一考えられるのは垂直に見える左岸の壁(40メートル)しかないようだ。実は、以前W氏にお会いしたとき、「女蝶の滝」を登るルートとしての、この壁の存在を聞いていたが、これほど登攀意欲を無くすような逃げ出したくなるロケーションだとは思わなかった。とにかく、この滝を超えなければ始まらない。
登攀する壁の末端からガレを挟んで20メートル離れた壁にピンを打ち、ザイルを繰り出す。トップの浅野が足元から崩れ落ちるガレを横切り、壁の末端に到着。ほぼ垂直のスラブを5メートル登ると薄刃のハーケン(W氏の初遡行時のもの、3枚残置されている)に工事用ロープの切れ端がぶら下がっている。最初のランニングをとり、そのまま直上、残置ピンに一個所と新たにピンを打ち足しビレーをとり、壁の草付きまで抜け50メートルいっぱいまで伸ばし潅木で確保した。後続の高橋は、尚も不安定な潅木と草付きが続く壁を40メートル直上し、ようやく安定した樹林帯で浅野を確保し、滝の落に立った。
帰路の下降のことを考えると憂鬱であるが、最大の核心部を超えたこともあり、どこか心はうきうきしている。落口から上部は、素晴らしく磨かれたゴルジュになっており、沢床には下りられず、蛇のようにくねった釜や滝をもったゴルジュを見下ろすしかなかった。しばらく進むと沢はスラブ状になり、釜をもったトイ状のナメが交互に出てくる。それが滑り台のようなナメ滝の連瀑に変わると、見とれてしまうような美しさである。
沢は尚もナメ15メートル、見ごたえがある斜瀑15メートルと続くと広いゴーロとなった。右岸は70〜80メートルもある壁が上流に向かって続いている。右岸から落ちる15メートルの滝をもつルンゼを見送ると、優美なという形容がぴったりの15メートルの滝に阻まれた。何とか右岸の泥壁から巻こうとするが足元が崩れるばかりで一歩が出ない。仕方なく、70〜80メートル戻った支尾根の樹林帯から大きく巻いた。壁が狭まってくるといよいよ沢も終焉を迎えたようである。地図上にある12メートルの滝は、右岸のガレから巻き落口に出る。水は申し訳程度に流れているだけである。中俣のどん詰まりはフィナーレを飾るにふさわしいドーム状にえぐられた壁に囲まれ、水が涸れかけた30メートル程の滝で終わっていた。地図によるとそこから上部は御岳の西の斜面に吸い込まれており、ここで遡行終了とし、往路を下降することにした。「女蝶の滝」は登攀ルートを二度の懸垂で下降し、幕場に戻った。途中で高橋が足を痛めるアクシデントがあり、重荷を背負っての百間小屋までの登りと、車を止めてある中の湯までの3時間は苦痛に耐えながらの登高となった。

※帰宅後、右膝の痛みと腫れで歩けなくなり、病院で診察を受けたところ、じん帯損傷で全治1ヶ月半と診断され、松葉杖の生活になってしまった。[高橋   記]

〈タイム〉7/22(快晴) 中の湯出発6:50 油木登山道百間小屋7:30下降点7:40 中俣出合幕場9:40 出発10:35 南俣出合10:40 大正滝10:45 三俣11:55 奥ノ二俣(遡行打ち切り)11:55 幕場13:30
7/23(快晴) 出発5:00  女蝶の滝5:15 落口6:40 15メートル美瀑8:00 30メートルの涸滝(遡行終了)9:15 同沢下降〜幕場12:50 百間小屋15:00 中の湯15:55

 

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