名古屋ACC(名古屋アルパインクライミングサークル)〜沢登りと山の会

名古屋の沢登り好きな山岳会

北ア 西大谷尾根〜(仮称)奥大日岳北尾根支稜〜大日尾根


■2009年4月30日〜5月2日

■L林(記)・岡崎

未完に終わった立山川周遊雪稜縦走(西大谷尾根〜奥大日岳北尾根〜剱岳源次郎尾根〜早月尾根)

◆4月30日(木) 快晴)

奥大日岳

3年ぶりの春剱は、9年ぶりの黒部横断(S字峡横断)を考えていたが、事前山行の段階でメンバー双方の体力的な不安(特に重荷への不安)から、馬場島基点の立山川周遊バリエーションを思いつく。

個人的な志向からいうと、雪山の長期山行については、単品バリエーションとか縦走だけでは満足できず、双方をミックスしたルートを求める傾向が強い。さらに未知の香りが加わったオリジナルなラインが引ければ、満足度は一層高くなる。これまでの剱詣では黒部方面から剱を目指すものが大半だが、今回は馬場島基点とすることにより、西方の大日尾根の山々が視界に入ってきた。改めて地図を眺めてみると、大日の稜線へは西大谷尾根が最も合理的で登山大系にも記録があるが、その西隣りにあって奥大日岳の頂にダイレクトに突き上げる尾根については、手持ちの文献等で記録を見つけることができず、興味が湧いた。さらに西に展開する数本の尾根たちと共に、奥大日岳北面第一尾根、第二尾根・・・なんていうのは格好良過ぎるか・・・今回は分りやすい「奥大日岳北尾根」と呼ぶことにしよう。西大谷尾根から奥大日岳北尾根への継続で未知の香りを味わい、フィナーレは人気の源次郎尾根から剱の頂へ。源次郎は初剱の岡崎には勿論のこと、10年前の春と冬に登っている僕にとっても、当時はリーダーでの山行ではないことを考えると、よい選択といえる。剱からは早月尾根を下って、白萩川でフキノトウ・・・ちょっぴりエキセントリックでナチュラルなラインだ。しかし、冷静に考えると、雪山一年生で黒部横断というのはさすがにどうかと・・・

仮眠明けの馬場島で出発準備をしていると、県警の人がやってきて会話を交わす。直近の航空写真を見せていただき、標高の低いところは異常に雪が少なく、藪漕ぎが大変だと言う。先日、西大谷尾根から奥大日に登ったとのこと。トレースがあるのか・・・雪稜登りに来て、期待していなかったトレースの存在に喜んでしまう自分もどうかと思うが、初日は標高の低さや出発時間の関係で雪が腐ってくるのが早く、長期山行の初日は体力を温存しておきたいというのが正直な気持ち。しかも、前夜は飲まずに寝てしまったため、前夜分も含めて缶ビールを3本も持ち歩かねばならないのだ。灼熱の車中に置き去りになんてできない・・・

まずは立山川沿いの林道歩きでタラの芽ゲット。橋を左岸に渡ったところが東小糸谷で、整備された山道にトレースまで残っていた。谷沿いの道で岡崎が「ギョウジャニンニクだ!」と絶叫。折った根元の匂いはそれらしくもあるが、今一つ確信が持てぬまま幾つか摘んでいく。雪面のトレースを拾いながら、出合から1時間で尾根上のコルに出た。ここから何故かトレースが無くなり、標高差500mの急登を経て1625mピークへ。クズバ山を経て1885mピークまでは小さなアップダウンを繰り返す複雑な痩せ尾根で両雪庇や薮漕ぎもあってかなりウンザリ。スノーシューらしきトレースが突然現れたり消えたりで訳が分らぬ。ようやく辿り着いた1885mピークからカスミ谷への支稜を下る計画だったが、これも苦労しそうな感じがして、東に向きを変えた西大谷尾根をそのまま進む。序盤での転進決定が気持ちに水を差したが、ここからはうって変わった広々とした雪尾根が続き、次第に元気を取り戻す。しかし、西大谷山で待っていたのは狭いリッジ状ピークで幕営には不向き。さらに歩き続け、結局「天狗の踊り場」と呼ばれる大雪原までやってきた。剱を望む素晴らしい幕場だ。黒部産自家製の蕗味噌をつまみにとりあえずビール。せっかく採ったギョウジャニンニクモドキは、結局ここに捨ることになった。

◆5月1日(金) 晴

奥大日岳

翼を広げた大鷲を思わせる奥大日の北面。中央の頭部へすっくと伸びる北尾根。美しい・・・大日の稜線は北側に覆い被さるような大きな雪庇を張り出していて、その西端に位置する西大谷尾根とて本当に抜けられるのか?という感じ。県警のものと思われる西大谷尾根のトレースが稜線まで続いているはずだが、神出鬼没なトレースを完全に信用することができない。北尾根から稜線へ抜け口は地形図上でも遠目にも雪庇は無さそうだ。幕場からカスミ谷をサクサク下り、出発から15分で北尾根の支稜に取り付いた。やがて雪尾根は広大な雪面に吸い込まれ、次第に傾斜を増して雪壁となって、ようやく主稜に合流した。ここからは快適な雪稜登高でザイルを使うことなく、奥大日の頂に飛び出した。振り返れば、スッキリとした雪稜で、主稜下部からトレースすれば会心のルートになるだろう。奥大日からはトレースが復活し、その数は次第に多くなる。ここで岡崎が左膝の痛みを訴える。源次郎は登れたとしても長い早月尾根を下る自信が無いと言う。とりあえず大日尾根を下りながら様子を見ることにした。2390m標高点を過ぎ、別山乗越方面と室堂方面の分岐まで下ってきたところで大休止して、岡崎の容態を確認。やはり左脚に荷重が掛かるときに痛むので、早月尾根の下降は無理だと言う。せめて剱沢まで行って剱を仰ぎたいと言うが、別山乗越を越えて、明日また室堂に引き返すという気持ちにもなれない。このような中退はこれまでの剱詣でで初めてのことだったが、案外諦めは早かった。そうと決まれば、まだ昼なのでこれから室堂へ向かい、馬場島の車を回収して帰名することも不可能ではない。が、せっかくの晴天が惜しい・・・こうなったら真っ昼間から宴会だ!と雷鳥沢野営場へ一目散に下る。雷鳥沢野営場ではヤドカリ方式で隅っこの幕場跡地をゲット。整地要らずは勿論のこと、雪の食卓まで付いている。テントを張り、フライはタープ状に張って日除けにする。雪の食卓で、蕗味噌から染み出していたごま油で初日に採ったタラの芽を炒め、ビールをプシュッ・・・至福の瞬間が訪れた。宴会は昼寝を挟んで夕食へと続くが、岡崎は何が楽しいのか、立山西面に蠢くスキーヤー達を飽きずに眺めていた。

◆5月2日(土) 晴

小1時間で室堂に到着。8時始発のアルペンルートから電鉄、タクシーを乗り継いで馬場島へ戻ってきた瞬間から、山菜山行に切り替わった。二手に分かれ、僕は立山川沿いの林道へ。タラの芽とわずかながらのコシアブラを採取して満足したが、帰ってきた岡崎はコゴミばかりだと落胆気味。温泉の後、楽しみにしていた下山食はお約束の「きときと寿司」。昨夏は苦闘のハシゴでようやくありついたが、今回はすんなりカウンターに納まり、幸せゲット!

あとから思えば、2日目に剱沢まで入っておいて、3日目に軽装で源次郎を登って降りて来るという変更もできただろう。登り方や思い入れは人それぞれだが、今のところそういうスタイルで剱に接したくないし、西大谷尾根から奥大日岳北尾根へと継続してきたナチュラルなラインを後半の戦術変更で損ねてしまうよりは、このまま下山して剱への気持ちを膨らませておきたい。地図を眺めて早くも来春のリベンジルートが固まったが、黒部横断という声も聞こえてきた。何れにしても来春の剱が楽しみだ。

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