昨年秋に旅行社ツアーで行った礼文島と利尻島。花は無かったが島を一周して眺めた利尻山に魅せられ、来年は登るぞ?と思いを馳せた。そして今年2月に同じツアーで行った網走の流氷。流氷にも感動したが、道東を巡るこのツアーコースには百名山が3座あることに着目、体力的にラストチャンスかも知れないと、思い切って計画した。フェリー代だけでツアー料金に迫るけど、飛行機+レンタカーよりは安いだろう。宿泊代を抑えようと、一応テント泊まりの準備をした。

2張りのテントとマットやシュラフ、軽登山靴2足とアイゼンに沢足袋、1週間分の衣料食料で後部座席まで満杯になったマイカローラ。夜10時出発で十分(間に合う)としていたが、何せ初めて行く敦賀港、30分以上早く家を出た。一休みした名神伊吹PAを出て、北陸道へ入った頃からワイパーを動かす。案内標識もあって、間違えることなくフェリーターミナルに着いた。光る棒で案内されて、並んでいる車の後ろにつく。もうすぐ乗船開始です?と言われ、早めに着いた甲斐があった。同乗者は別の入口から乗船。バイクに続いて乗用車が続々船内に。一番安い2等船室は2部屋。カーペットが敷かれていて、一人分約1畳のスペースに毛布1枚と枕が備わり、ちゃんとした荷物棚もある。以前乗った九州行きの船より居心地は良さそうだ。

本船すずらんは只今出航しました?とのアナウンス。予報では風が強く波が荒い筈だが、船内は揺れも感じず意外に静か。バーボンを舐めて薄手のシュラフにもぐりこむ。
年寄りは朝が早い。5:00頃に目覚めてウトウトしたが眠れもせず、5:30にはシュラフから出る。アチコチ船内を探索したり海を見たり。雨が吹きつける窓から見る海は、只白い波が高くうねっているだけ。小さなモニターが航路と船の位置を示している。散策にも飽き、プロムナードと称する海に面したテーブルと椅子で、持参の「宮部みゆき」を読んでいるうちに、朝食バイキングの案内放送。7:30、早速@1000円払って飯にありつく。お代わりも自由で腹いっぱい、バイキングは好いね~。その代わりと言っちゃあ何だか、昼は波が荒くて汁物(麺類)は無し、夜は鉢物一品料理の取り合わせで高くつく。カップ麺なんかで済ませている賢い?旅行者も?。小降りになってデッキへ出てみたり、船室で寝転んだり、夕方には相撲を観たりして19時間の船旅が終わる。終わってみればそう退屈でもなかったな〜。只、食事代が馬鹿にならなかった。
同乗者も一緒に車で下船。タラップへ出れば未だ雨がシトシト。案内標識に注意しながら、勇払方面へ向かって暗い道を走らせる。宿へ電話して道順を確認、マア順調に谷口荘へ着いた。早速お風呂を頂いて、狭い部屋で枕を並べる。

北海道の夜明けは早い。6時の予定を早くして、仕事で泊まっている人を気遣いながら静かに宿を出る。6km程で高速道路に入り、札幌東jctまではスイスイ走る。此処であろう事かゲートが閉鎖で思わぬ渋滞。一般道へ下りても戸惑うだけ?と、我慢して開門を待つ。閉鎖の理由は、酔っ払いが高速道路に立ち入ったかららしい。15分ほど待って此処を通過、岩見沢SAには計画より25分早く6:55に着いた。あまりお腹が空いておらず、此処での朝食はうどん。ツアーで寄った砂川オアシスを過ぎ、旭川の北、比布jctからR450バイパス。直進すべき愛別ICで出てしまい、道に迷ったけど層雲峡へのR39へ出た。此処からはツアーで走ったルート、石北峠を通過して道の駅「おんねゆ温泉」で休憩。お昼に買ったおにぎりはコンビニサイズの2倍、鮭が入ってホカホカで美味しかった。山道には背丈に近い蕗が群生、1本切ったが、茎もバカ太く硬い。
此処でハンドルをカミサンが握ってくれて100km以上運転。斜里町市街地のコンビニで明日の行動食を買い、道順を確認してハンドルを交替する。愈々国道334号線、いわゆる知床街道。分かりやすい道は、やがてオホーツク海を見ながらのドライブとなる。3時間弱、約150km走ったところでオシンコシンの滝。予定には無かったけど、車や観光バスが並ぶ道脇の駐車場に停め、カメラだけ持って滝へ向かう。すぐに滝の上部が現れ、遊歩道を登ってゆけば、2筋で幅30m落差80mの豪快な飛沫。物好きにシャッター押しを請け負っている若者に、我々もツーショットのカメラを託す。
通路を塞ぐように建っている売店を覗いて、何も買わずに出発。10分ほど走って道の駅「うとろシリエトク」へ。アイヌ木彫りなどの民芸品を眺め、手作りクッキーを買って出る。すぐに現れた知床自然センターで知床街道と分れて道道93号、知床公園線へ。約4km、ユースホステルからイワウベツ川沿いの林道へ入る。このあたりはエゾシカの生息域か、道の両側に数え切れないほど群れている。程なく着いた岩尾別温泉「ホテル地の涯」。呼び込みらしいオジサンに、登山口はすぐ上?と教わり、礼を言って建物の横を通る。すぐに行き止まりとなり、目の前に趣き漂う木下小屋。
相変わらずの雨模様。テン場も見当たらず、お世話になることにする。素泊まり@2000円、お金を払って2階へ。2畳強のスペースに落ち着き、札幌からきて(羅臼は雨で)ドボンしている先客さんに挨拶。板塀で囲んだ狭くて素朴な温泉で疲れを癒し、先ずは湯上りの乾杯。チーズなんかで1缶ずつ空ける。夕食は質素にレトルトカレーとピリ辛ラッキョウ。雨は止み、予約の6人パーティーが到着して、2階はいっぺんに賑やかになる。このグループは女性5人に男性1人のハーレム、賑やかな筈だ。天窓からの採光も消えて、そろそろお休みモード。エアーマットを敷いて、厚手のシュラフに納まった。

3時頃に起きて、外のトイレへ。明け方近くなり、樹林の間から輝きを薄めた星が見える。昨日の予告通り、今日は好天になりそうだ。天窓からの明かりとラテで、味噌煮込みうどんの朝食を済ませる。トイレや歯磨き洗面中に、早い人はもう出発してゆく。我々も早い方が好い。バタバタと支度して、計画1時間前の4:30に出発した。が何とアホな事かカッパを忘れて引返し、アイゼンを忘れたことに気付いて2度目の引返し。25分のロスと、それなりの体力を消耗した。スタートしてすぐ、羅臼岳安全登山祈願の遠音別神社があり、賽銭を納めてお参り。これが利いて、忘れ物に気付かせてくれたのだ。標高230mからのスタートだが、100mも登らない内に、本州では1500m以上でしか見られないダケカンバに出会う。1ピッチでオホーツク展望台。この先600mはアリの巣が点在し、それを好物にしている熊が出没するので注意!との警告板。よく見れば樹木にアリが這っている。ザックに下がる鐘を揺らしながら通り抜ける。弥三吉水は樹木に囲まれた冷たい流れ、置いてあるカップで汲んで口をすすぐ。極楽平の標識がある辺りは、樹木がイッパイでその雰囲気はない。急な仙人坂を上がり、一本とって銀冷水へ。この辺りは未だ樹林の中で、眺望はあまりよくない。人の声がして程なく大沢の雪渓に着いた。長い雪渓が上に伸び、上部はかなり急斜面のようだ。皆に倣って此処でアイゼンを装着、ザクッザクッと残雪を踏んで快適に登る。雪渓が終わってアイゼンをザックにぶら下げ、狭くて枯れた水路のような道を行く。樹木は低くなり、すぐにハイマツが草原のように広がる羅臼平に出た。右に羅臼岳が聳え、左には硫黄山に続く峰々。好いところだ。あちこちカメラを向ける。残りは標高差320m、1時間の登りだ。ハイマツとヒメシャクナゲの間を縫って岩清水へ。此処の水が一番美味しいと山頂で誰かが言っていた。此処は通過して徐々に岩が増え、ストックを背中に挟んで両手を使い、最後は岩ばかりの山頂へよじ登った。
広くない山頂には晴れやかな顔が10数人、挨拶の声が弾む。国後島が見えましたよ?と下りてくる人に言われたが、モヤがかかって遠目は利かない。硫黄山方面をバックにシャッターを押してもらい、軽くお腹を満たしてから下山にかかる。
岩の急坂を慎重に下って、岩清水で一口含んで、写真を撮りながら羅臼平まで65分。登りより時間がかかった。周りの景色を心に刻んで大沢雪渓へ。アイゼンを着けず、北朝鮮の軍事パレードみたいに踵で雪を叩きながら下りてゆくが、傾斜が急になってきてアイゼンを着ける。雪渓が終わってアイゼンをザックに入れ、弥三吉水まで下って一本。熊出没注意を過ぎて、かすんだオホーツク海を眺め、ダラダラ下って6度目の神社。無事帰還のお礼を言って小屋前に下りた。
そこの水で靴を洗ったら?、小屋の主に言われて靴洗い。程々に泥を落として、出発準備完了。玄関先で主を挟んで記念写真を撮り、素朴な木下小屋を後にした。
今日の宿は、主に聞いた清里町の緑清荘と決め、林道、県道、知床街道を戻って斜里町のコンビニへ。電話帳を借りて調べた番号をダイヤル、運良く部屋は確保できた。夕食は間に合わず、館内のレストランでと言われた。防風用の柵が並ぶまっすぐな道。人口5000人程の町外れに建つ町営の宿泊保養施設。雨が降り始めた頃に到着した。温泉で汗を流し、レストランでの夕食は、刺身定食2人前と飯抜きカキフライ定食1人前。刻み野菜と9個の大きなカキを盛った皿が来た。熱々の牡蠣汁、生中飲みのみ舌鼓をうった。

昨夕に降りだした雨はやや勢いを増している。午後は回復の予報なので、出発を遅らせることにした。昨夜中に貰っておいた分かり易い地図をナビに、30分弱で斜里岳登山口の清岳荘へ着いた。計画書を提出し、駐車料金100円を払って山の支度。小降りになっているがカッパを着て、沢足袋履いて、履き替え用の靴を持って出発した。山荘前から樹林の中を進み、車が通れる道へ下りて林道歩き。程なく林道から登山道へ、そして一の沢川に出た。先ず右岸へ渡渉、幅は狭いけど増水した川は速い流れ。10数回の渡渉は、時には手をつないで、沢足袋を生かしてジャバジャバやって行く。新道旧道の分岐点、下の二股に着いて一息入れる。新道は熊見峠を通る丘の道、旧道はこのまま沢沿いコース。当然旧道、滝沿いのコースを愉しもう。最初は水練の滝だが、見過ごしたらしい。先ず目に留まったのは羽衣の滝、滝ノ下を渡渉して左岸へ渡る。美しい滝だ、カッパの両手を広げてポーズ。続いて落差が大きい万丈の滝。滑りやすい左岸の登山道、固定ロープに掴まって登る。見晴らしの滝、七重の滝と続き、水線際の岩のルートは両手を使ったりして気が抜けない。コース最後の霊華の滝は、上段が一筋、下段は二筋で豪快。カメラをカミサンに渡してポーズをとる。一連の滝が終わって徐々に水量が減り、川幅が狭まって上の二股に着いた。緊張から解放されて空腹を覚え、前夜に受け取った宿の弁当を食べる。デッカイおにぎり2個と焼いた鮭、この大きさがご当地の標準サイズなのだろう。食べている間に2人、1人と下りてきて言葉を交わし、新道へ消えてゆく。
道は再び沢筋となり、沢足袋のままピチャピチャ登ってゆく。水が消えて九合目、稜線へ上がって馬の背。5〜6人が屯す斜里岳神社を通過して6分、風とガスの山頂に着いた。何も見えずカメラの三脚も立てられず、高さ約1mのケルンに嵌った標識を入れて、一人一人カメラに収まる。登ってきたパーティーに挨拶して、早々と下山にかかった。
斜里岳神社の小さな祠に詣って登頂を感謝。九合目を過ぎて、木下小屋で一緒だったハーレムパーティーとすれ違う。犬山市からのグループで、舞鶴港からのフェリーで来たとの事。敦賀のほうが便利?と教えて別れた。上の二股で沢足袋を脱ぎ、足を拭いて軽登山靴に履き替える。下の二股からの濡れを覚悟して?。
新道は登りから始まる。天候が回復して暑い尾根道。ピークへ着いたら向こうにピーク?を2度越えて、ようやく着いた熊見峠。斜里岳の展望台と案内本にあるが、背の高い草木が茂って眺望は無い。圏外だった携帯電波が届いて、今日の宿と目を付けていた雌阿寒岳登山口の野中温泉別館へ宿泊予約。1本とって若いグループを見送り、下の二股に向かって長い下り。45分で着いたが休まず、靴にシッカリ水を入れて渡渉を繰り返しながら下った。最後の渡渉箇所。対岸に居た自衛隊員4人が姿を消し、林道に停めたジープの前に居た。便乗はムリ、挨拶だけして林道歩き。薮中を歩いて清岳荘へ着き、管理人さんへ下山を報告。当然ながら、尾張小牧ナンバーには人の気配が無い。濡れた靴や衣類をレジ袋に入れてトランクに押し込み、日が照りかけた林道をすべり出した。
17:30までに着けば夕食の用意をしてもらえる?との宿の弁。120km弱を2時間チョイで走らなければならない。清里の町でカミサンがハンドルを握り、自分は助手席で行程表や地図を見ながら口頭ナビ。道道1115から805、R391で摩周湖と屈斜路湖の間を抜けて摩周温泉も過ぎ、R241になって山間部の手前まで60km以上頑張ってもらった。カーブの連続で登ってゆき、双岳台と双湖台の眺望ポイントを過ぎて阿寒湖の温泉街へ入る。右には2月のツアーで氷上フェスティバルの阿寒湖。街を抜けて三叉路を左へ採りオンネトー方面へ、10kmほどで雌阿寒岳登山口の野中温泉別館に着いた。先ずは温泉。桧風呂で情緒はあるが、木下小屋と同じで洗剤は使えない。隣の露天風呂へ移れば、エゾシカと目が合う。部屋へ運ばれた夕食膳には、前述の巨大フキの煮付けも。これが意外に美味い。少ないオカズは、生中のつまみで殆ど無くなった。明日の朝食用おにぎりを貰って、早めに床に着く。

すっかり明るい5:30、すり寄ってくるセントバーナードを適当にあしらって出発した。登山口は目と鼻の先。立派な標識があるが、証拠写真は下山後にして通過する。エゾアカマツの森を緩く登り、だんだん急になって背が高いハイマツの道となる。ハイマツをくぐり抜けて岩石の道になり、見晴らしがよい六合目に着いた。此処で一本、カメラを構えるオジサンに手を振って上へ。八合目辺りからガスと風が出てカッパの上着を着る。微かに硫黄臭が漂ってきた九合目。道の右側は断崖絶壁、下からガスが吹き上げる。山頂では三脚が構えられず、証拠写真は、一番高い台状の標識に上がって、一人ひとり別々に。
此処で食べる?はムリ、早々に下山を始めて、八合目で朝食のおにぎりをいただく。この辺まで下りてくるとガスも風も無く、麓にはオンネトーの青い湖面や森が広がる。後方の雌阿寒岳は雲の中。足元にはイワツメクサやイワブクロの株。8:30を過ぎて登りの人と出会うようになり、声を交わすのが楽しい。アカエゾマツの森ではエゾリスがチョロチョロ、カメラを構えて10分ほど追ったが、写真は木の葉ばかりで散々。登山口に降り立って標識前で凱旋写真。飲み水手洗い場で靴の土を落として車に戻る。宿へ下山の報告?に行くが、カウンターに置いた計画書がそのままで、味気ない思いが残った。
今日の行程は長い、少し戻ってR241へ入る。のどかな道を約50km走って足寄の町を過ぎ、足寄ICから道東道へ入る。65km先の十勝平原SAでお昼?と思っていたが、着いてみればトイレと自販機があるだけ。地図に載っているのとは大違い。15km先の十勝清水ICで出て、R274石勝樹海ロード。名前の通り樹木以外は何も無い道。やがて上り坂となり、前を行く鈍足車にイラつきながら我慢の運転。標高1000mの日勝トンネル近くはガスが覆っていて、ライトを点けて慎重にカーブを走る。トンネルを抜けて長い下り、日高町の道の駅「樹海ロード」で休憩、お昼とする。トレトレの魚を使ったお寿司が食べたかったが、昼時を過ぎていて店は中休み。やむなくコンビニで買ったザルソバやサンドイッチで済ませる。運転替わって約70km、道の駅「むかわ四季の館」に着いた。夕刻迫る4時過ぎ。先ずは今夜の宿探し。案内コーナーの娘さんに調べてもらった苫小牧のホテルは、食事が無くてスタイルに合わず(代金もだが)。最後のより所として、初日お世話になった谷口荘に打診。空いています、食事もOK?と言われてホッとする。日高本線に沿って走り、苫小牧東港からは知った道、17時過ぎにニコヤカな顔で迎えられた。夕食メニューはカレーライスと20cm皿に盛ったフランクフルト、コーン1本、ゆで卵、バナナにメロン。食べきれずに部屋の冷蔵庫へ保管する。
今日は苫小牧市の叔母さんを訊ねる日。家からは小物を用意していたが、苫小牧駅で手土産のクッキーを買って街中の叔母さん宅へ。30数年ぶりにお会いした叔母さんは、90歳を過ぎて尚元気。息子さんご夫婦ともどもしばらく歓談する。座敷で記念写真を撮って、息子さんご夫婦に緑ヶ丘公園を案内してもらい、お昼を食べて別れた。時間があるので20kmほど走って支笏湖へ。軽便鉄道の名残、山線鉄橋や資料館を回って引き上げる。再度苫小牧駅前へ寄って土産を買い、夕食と休憩を頼んである谷口荘へ。お風呂を頂き、寿司など食べきれないほどの夕食。フェリー時刻までゆっくり休ませて貰った。
標識を見落としてウロウロしたが、どうにかフェリー乗り場に到着。1時間以上待って乗船した。
往路で乗った同じ船だ。場所取りをするまでも無く、2等船室は空が多い。頭を進行方向にして早々にシュラフに入る。1キャップのバーボンを飲んですぐに夢心地。
例によって早起き。洗面トイレ、船内徘徊。風が弱く波は静か。後部デッキへ出て、生まれては消えてゆく白い泡を見送る。朝は千円バイキング。昼のメニューには麺類もある。ソバやホタテの作り、鯵のフライを肴に自販機で買った発泡酒を嗜む。プロムナードで本を読んだり、日記をつけたり。6時過ぎ、食事をしながら見る海。雲間に隠れてゆく夕日が海面にそぞろ映り、旅の終わりにふさわしい美しい眺めだ。食後、左舷に現れた陸地は能登半島か?越前の海岸線を大きく回りこみ、暗くなった敦賀新港に着いた。
BSしか映らないテレビだが、朝ドラも相撲もチャンと見られ、長時間の船旅もさほど退屈ではなかった。下船してそのまま休むことなく、家まで突っ走った。