名古屋ACC(名古屋アルパインクライミングサークル)〜沢登りと山の会

名古屋の沢登り好きな山岳会

ネパールヒマラヤトレッキング チュクンピーク、エベレストBC、カラ・カタール


■2009年9月8日〜26日

■L神谷(記:後半)、盛小根(記:前半)

今年3月、奥越の経ヶ岳に行ったとき、盛小根さんから、今失業中で6月に南米に一人で行く。帰ったら、今のうちにヒマラヤでも行きたい、とのこと。私が、昨年観光でネパールに行った時の観光ガイド、シュリさんにメールしてみようと、云うことになった。シュリさんにメールしてみると、ヒマラヤトレッキングOKです、是非来て下さい、との返事。彼女の休業のこともあり、余り遅くならないようにと、9月を打診したら問題ないとのこと。以後、メールでいろいろ注文を出しながら計画を練っていった。当初計画では、エベレストBCとカラ・パタール(5545m)となったが、チュクン・リ(5550m)にも行きたかった。しかし、そこは数年前から、登山許可が必要だと云われ、断念した。しかし、現地に行ってみると、チュクン・リは行けないが、その近くまで、と云う配慮で、チュクンP(5412m)へ行き、その他にもローツエの氷河湖(5050m)見学、ロブチェ近くの地球温暖化、環境の観測をしている、イタリアの近代的な観測所(5050m)にも行け、帰路に一日余って、この街道の避暑地的な所、ターメにも行った。カトマンズに戻ってからも、バクタブル、パタン、カトマンズの3つのダルバール広場見学。最後の夜は、ヒマラヤの展望所、ナガルコットで泊まった(残念ながら雨で、ヒマラヤは見えなかった)。最後に民族舞踊を見て、満足して帰って来た。

◆9月8日(火) 曇り    カトマンズ(1350m)

中部国際空港⇒香港⇒ネパールの首都カトマンズに21過ぎ到着。機内で入出国カードとビザ申請カードをもらい、記入を済ませておく。カトマンズ空港は明かりが弱く薄暗いという印象を持つ。なんとか無事入国でき空港出口付近の両替所で、1万円は7800ルピー(Rs)だった。「1Rs≒1.2\」というところか?

外に出ると、現地ガイドのシュリさん(34才)が人垣の一番前に陣取りニコニコして待っていてくれた。初対面の私は始めてという気がせず、すぐに彼に手を差し伸べていた。神谷さんは昨年のネパール旅行からの知り合い同士。また、ネパールと日本でメールのやり取りが続いていたので再開できてホント嬉しそう・・。私の友人からシュリさんへと預かって持参した靴を渡したら、彼から私たちへ(3人)カシミアのマフラーのプレゼントが用意されていた。ホテル・アンナプルナに送ってもらいチエックインする。ここで登山ガイド、シェルパのフリさん(28才)を紹介された。日本料理店に働いたことがあるという彼も日本語を話す。明日は出発が早いので荷物は解かず、手持ちの酒で入国祝い杯を挙げまどろむ。

◆9月9日(水) 曇りのち雨 カトマンズ

早朝、部屋に届く朝食前にナントかシャワーを済ませる。トースト、卵、チャイのシンプルなものだった。チェックアウト時両替する。ここでは1万円が7850ルピー、空港より少しばかりレイトが良かった。6時前にルクラ行き飛行機に乗るべく国内線空港で行き待つが、現地の管制塔ら有視界飛行のため、悪天で雲がかかっている理由でなかなかOKが出ず!!。その間、絵葉書と切手を5枚づつ購入するが、現地物価を考えると375Rsと安くはなかった。首都のカトマンズでさえ携帯電話のSMLは機能していたが、iモードは不通。結局、昼近くに欠航が決定。再度、同ホテルへチェックインする。ランチを近くのネパールレストランで摂る(ダルバート×3・エベレストビール×2)、ビール一本はネパール定食のダルバートと同値。ここではアルコールなどの嗜好品は高価だ。明日の出発時間の確認後、シュリさんと別れ神谷さんと二人、本の地図を頼りに散策。不足しがちな果物や野菜類を目当てに市などを歩きまわり、今日の酒のつまみとする。雨が降ってきた、ホテルのT・Vはストレスを感じるほど映りが悪く、レセプションに電話をかけ取り替えてもらった。

◆9月10日(木) 曇りのち晴れ、雨   ルクラ(2840m)〜パクティン(2610m)

ネパール

4:30ウェイクアップコールで起き、シュリさんフリさんと合流後5:30飛行場に向かう。今日の朝食はパック詰めにしてもらい飛行場でかき込む。今日は絶対ルクラ入りしたいと空気が漂っていた。英語のアナウンスがながれるが声もワレテいて聞き取りにくい・・・。送迎バス経由し6:00飛行機に乗るが、機器の点検に疑問があるらしく一度機外で待機する。一時間後にようやく出発した。7:40ルクラLukla(2840m)到着。ここでポーターのナワン(24才)、ラッパ(17才)と合流。荷物のほとんどは彼等に預けるので、私たちのデイバックは軽い。今回のトレッキングに向け酸素ボンベも用意されている。お茶に寄ったロッジの食堂でナムチェまでだという単独の若手日本人ボーイに出会った。アジア系だと判断したが日に焼けた彼はどっからだろう?と気にしていたら「こんにちは。」と。インドからネパール入りし、またインドに戻る予定だそうで、一月前の南米一人旅をおもいだすなぁ〜。彼を応援する気持ちの私が居た。

9:15トレッキング開始。しばらく石畳なのだが到る所に牛の大糞がぁ〜。避けながら・注意しながら〜。ここはまだまだ緑が多く(この時期、酸素が多いとのフリさんの言)、日本の林道みたいな風景。ロッジはかなり在るのだがハイシーズン前の今は閉まっている処がほとんどだ。2時間後にたどり着いたガートGhatも閑散としていた。フリさんが離れの建物から人を呼んできて昼食にありつけたが、インスタントラーメンとじやがいもだった。さらに行って本日の宿泊地パクディンPhakding(2610m)着。ルクラからドゥードコシ川に沿って少し下ったことになる。トレッキング開始祝いだと称し、ナワン以外(彼の家は近くなので帰ったらしい)の5人で日本から持参の日本酒3?、ワイン3?で杯を交わす。その間降っていた雨が止み、神谷さんと二人で轟々という流れの橋を渡り集落の散策に出かけ、かわいい二人の子供に手をつながれた神谷さんに満面の笑み。夕食はネパール定食のダルバート、神谷さんは味覚が合わないらしくジャガイモと鳥料理。食事はすべてロッジで摂るのだが、ルクラから先は人力か動物(牛・ヤク)による運搬なので、すべてのものが標高をあげると比例して高値になっていくそうだ。

◆9月11日(金) 曇りのち晴れ ナムチェバザール(3440m)

今日から本格的トレッキング。高山病予防には体を慣らしながらゆっくり高度を上げていくのを基本に充分な水分補給(3〜4?と言われる)と防寒(特に手足頭首)に留意する。また、飲用に気をつけ加熱したものを心がける。朝食にチャパティー、トマトスープ、ゆで卵を食べた。朝食と夕食は予め登山ガイドのフリさんがメニューを持ってオーダーを聞きに来るので待つことは無いが、トレック途中の昼食は出てくるまでに1時間はかかる。これは燃料がマキだったりするためらしい・・。(4000m以上の森林限界地ではヤクの糞も燃料に使う。

7:30出発。8:00Toktok手前で入山料一人1000Rsを払う。モンジョMonjo(2835m)辺りからタムセルクThamserku(6608m)やカンテガKangteg(6685m)が眺められらが、あいにく雲に隠れている。ジョサレJorsale(国立公園入り口)で昼食を摂り、14:30ナムチェバザールNamcheBazar(3440m)到着。ここからようやくタムセルクと反対側にクワンデKwangde(6187m)が雲間から姿を現す。ナムチェで2連泊なので、洗濯をしているとお坊さんが托鉢に現れポケットの中の小ルピーをぶら下げた籠に入れた。17:30夕食にチャーメン(焼きそば)とベジスープを頂く。

◆9月12日(土) 晴れのち曇り   ナムチェバザール

6:30朝食にトクゥパ(汁そば)・ベークドポテト・ボイルヤサイ。7:30丁度バザールの土曜日に一致し、見学に出かける。(気温18℃)ルクラからはもちろん、国境越えをしてチベットからも商品を担いだ商売人が所狭しと店を拡げている。中には随分傷んでいるのも並べられていてなかなか手が出ないが、よさそうなトマトを半s100Rsで購入。日本人経営のエベレスト・ビューホテルに向け高所順応を兼ねたトレッキング(33℃)。ここで久しぶりに美味しいコーヒーが飲めた。(他のコーヒーというと、お湯にインスタントコーヒーの色づけしただけのもの、、、)気がついてみると、ルクラの食堂で出会った単独日本男児に目が留まった。私たちのポットには充分なコーヒーが余分に入っていたので、独りの彼に勧めようと思ったが、エベレストを眺め話が尽きないところタイミングを逃してしまった。ナムチェの北に位置する高原地帯・クムジュンKhumjug(3780m)へ足を延ばし昼食。ナムチェの喧騒と対象的な静かな場所で建物の色・容は統一されている。聖山・クーンビラKhumbiYul Lha(5761m)に抱かれ宗教色濃い所、お坊さんも多々視る。ナムチェに帰り着き、郵便局の壁高く取り付けられているポストに日本への絵葉書を投函した。(後で確認したが、なんと一ヶ月近く経過した10/9に届いたそうだ!) 久しぶりのシャワー(250Rs)と充電(1時間100Rs)を済ませる・・・その後は期待できない。17:30夕食にピザ(焼きでなく蒸したものだった)・ニンニクスープを食べる。

◆9月13日(日) 晴れのち曇り    タンボチェ(3860m)

ネパール

5:15日の出、見たさに神谷さんと二人早朝ハイクに出かける。生憎、湧き出た雲に邪魔されたが雲の隙間のタムセルク、アマダブラムAmaDablam(6856m)が大きい。満足しロッジに帰るとシュリさんが居て「危ないから、断り無く行かないでください」と注意される。7:00におかゆ(特別オーダー)とトマト入りオムレツの朝食を頂く。8:00発(18℃)。今日は、宗教に関わる多くの日本人も尋ねてくる大寺院を併設するタンボチェTengboche(3860m)まで。ゆっくり標高を上げるということと水分補給の目的もあり、途中お茶休憩を取るがレモンティー、ミルクテイー、ブラックティー(紅茶)、のどちらかとなりシャビシャビ・コーヒーはオーダーすることは無かった。ゴーギョGokyo(5360m)方面から流れるドゥードコシ川とイムジャコーラ分岐の橋を渡り、プンキテンガPhunkiTengawで昼食するがオーダーして1時間後に出てきた。ここからのタンボチェへの登りは600m標高差があり難しいとされている。到着してみると、何時ものように昼前から湧き出る雲の間からだが、エベレストと、日本隊が南壁から臨んだローツェLhotse(8516m)が聳え立つのを垣間見ることが出来る。ロッジにチエックイン後、神谷さんと内緒の祝杯を軽く交わし寺院周辺を散策。タルチョの掛かってっている小高い丘にも高所順応を兼ね登っておく。16:00戻るとシュリさんとフリさん等と共に、寺院の境内に分け入り建物の中にも入れてもらいお坊さん等の御勤め風景を眺めることが出来た。

17:00夕食はマッシュルームスープ、ベジドライライス(チャアハン)を意識的しよく噛んでたべた。神谷さんはそろそろ食欲が無い。(疲れで内臓が弱ってくる?のと、味覚が合わないのだそうだ・・・チョット心配)

◆9月14日(月) 晴れのち曇り、雨   ディンボチェ(4410m)

5:20に起きて雲が湧き出る前に写真撮影、5:38アマダブラの稜から念願の日の出、思わずヨーシのポーズ。7:00の朝食でチャパティーとベジスープ。イムジャコーラに沿ってどんどん行く。ここはまだまだ樹林帯だが、昼食を取ったソマレShomare(4010m)からは植物の背は低くなってきていた。2時間の休憩後カラバタールに続くロブチェコーラと分ける橋を渡り、イムジャコーラ沿いをディンボチェDingboche(4410m)へ14:15。少し頭痛がするが、落ち着いたところを見計らって15:00〜1時間、裏山トレック。200mほど高度を上げておく。風強く、雲で視界効かず。ロッジに帰りシャワーは我慢!(充分なお湯は期待できず、体調を崩す恐れがある。)それでも、全部着替えてさっぱりした。畑仕事を終えた人々がガレの流れで、手足を洗ったり洗濯や髪の毛を洗ったりしていた。一見綺麗で美味しそうな水なのですが、歩いてきた道の牛の糞を目撃しているだけに利用する気になれず。

今日の杯は食欲増進効果を狙って?の一杯だけにしておく。神谷さん持参の液体酸素を100ccの水に入れ飲んでおいた。19:00ベットへ入るが、ここで初めて掛け布団が置いてあった(これまで、簡易ベットにシュラフ&インナー毛布兼シーツで寝ていたが要求すれば毛布は貸してもらえる)。初日に悪天の為ルクラ行き飛行が欠航になり1日予定遅れの分も取り戻すことが出来、よく歩いたなぁ。今後も順調良く行けば帰路にナムチェから西側にあるターメThame(3490m)の集落にも寄ろうと話しが持ち上がった。今夜は、これも神谷さん持参の食べる酸素を5粒、口の中に放りこんでグッスリ寝た。

◆9月15日(火) 曇り、晴れのち曇り チュクン(4730m)〜イムジャ湖近く(5050m)

ネパール

夜半に降った雨も止み、昨日は見えなかったが増々大きくなり姿形を変えてきたアマダブラムが目の前。7:00の朝食は少しでも沢山食べられるようにと、おかゆ・味噌汁と梅干(日本から持参)・オムレツ・ボイルポテト、これは神谷さんも沢山食べられて一安心。

7:35発14℃。目指すチュクンChhukhung(4730m)からピーク(5412m)。終了後はまたここに戻ってくるので、ポーターの労力を軽減すべく必要な荷物だけを厳選、残りはロッジに残置する。2時間ほどでチュクンに到着したが(気温18℃。)、何時ものように段々と雲が湧き上がってくるので、ピークへのアタックは翌日とし、昼食後に地球温暖化の影響で出来たイムジャ湖(ローツェ氷河が解けてできた。)が見える5050mまで高度順応を兼ねた散策に出かける。20年前には無かったそれが、さらに大きく広がり決壊するとクンブヒマヤラの入り口であるナムチェなども呑み込まれ消滅する危惧があると世界的に話題になっている。アプローチのとき、氷河からの吹き降ろしで体感温度はかなり低く、少し頭痛と胃のムカツキ感がある。高山病のごく軽い初期症状だと思うので、ロッジに帰り着いてしばらく食堂で暖をとりながら水分補給と座位での複式呼吸に努めた。少し頭痛は残るが、5:30の夕食でベジチーズスパゲッティー・ダルスープ(豆スープ)を意識的に良く噛んで食べきったので大丈夫!と判断した。

◆9月16日(水) 晴れ  チュクン〜チュクンピーク(5412m)〜ディンボチ

ネパール

いよいよ5000m級へ!。 4:30の起床。飲み物は?と聞かれ、少しでもエネルギーの補充になればとミルクティーにしたのが間違い。乳脂肪分がいつまでも胃の中で滞っていてムカムカする。ヘッデンのなか雲の晴れきらない中、やがてアマダブラムが姿を現し、6:00 5100m地点で御来光!。神谷さんは、マカールMakalu(8462m)が見えると興奮している。私も嬉しいが5360mのコルの手前でとうとう吐いてしまった。朝食は摂っていないのだから出てくるのは水分のみ、最後にミルクの塊が出て一息ついたらすっきりしてきたので(シュリさんは相当慌てていたみたいだけど・・)先行者の後に続いてチュクンピークに立った。アイランドピーク、ローツェがすぐ目前! ヌブツェNuptse(7861m)、プモリ(7156m)などの7000m級のピークが続く、素晴しかった!!。

9:15ロッジに戻り、食事が出来上がる間、日差しの中でウトウトしだしたので神谷さんと二人1時間ほどベットで休んだら元気復活! チャパティーとベジスープをたいらげる。その後荷物を残置しているディンボチェへ下り、またもや秘かに2杯まで! と決めて「まず、一つ目のピークに!」祝杯・ハイ・はいぃー。

◆9月17日(木) 曇りのち時々晴れ   ロブチェ(4910m)、地球環境観測所(5050m)

今朝は霧で何も見えない。高所から戻ったせいか幾分呼吸が楽である。出発は一昨日登ったチョルテンの所から山腹に沿って登り、トゥクラ(4626m)へ。天気も徐々に良くなってきて。トゥクラに着く頃には、アマ・ダブラムが、そして、待望のプモリ(7165m)が見えてくる。カラ・パタールはこの山のすぐ下だ。他にもタウチェ(6542m)チョラチェ(6440m)等が雲間から見え始める。ここでティタイム。

ここから300m近い登りで、トゥクラパスへ。ここにはチョルテンが多く、ヒマラヤ登山で犠牲になったシェルパたちの墓が多くある。ここを左へ下って行くとクーンブ氷河の下部(氷河はない)で右岸に沿って緩く登ると、今日の宿、ロブチェに到着する。残念ながら雲が多く周りの山頂は見えないが、右手のヌプチェが大きい。

昼食後、地球環境、温暖化等の観測を続けるイタリアの施設があると云うので見学に行く。ロブツェ(東峰、西峰(6145m))間のロブツェ氷河末端の所にある、ヒマラヤ山中とは思えないほど近代的な建物だ。

内部見学もさせて頂き(写真は禁止)、沖縄、韓国、マレーシア、インド等にも観測所があるらしい。職員は12名で2ヶ月交代とのことであった。

ロッジに戻って、夕食後、米国人女性が高山病で苦労していたが、夜になって下山したようである。

◆9月18日(金) 晴れ    ゴラクシェプ(5140m)、エベレストBC(5300m)

今日は、天気が良ければカラ・パタールに登頂してゴラクシェプ泊まり、との予定で出発した。不要な荷物はここに預けていく.ポーターさんへの配慮か?。天気はまずまずで200mくらいの登りと、気楽に考えていたが、ルートはチャンリ氷河のモレーンが延々と続くような道でなかなかゴラクシェプに着かない。しかし、今日は天気もよくプモリからリントレン(6749m)クーンブチェ(6665m)等チベット国境の山々にヌプツェとエベレスト手前の尾根(エベレストは見えない)が良く見える。少しずつ雲が多くなってきた。

ゴラクシェブに着いて、カラ・パタールへ行けない天気ではなかったが、今日はエベレストBCに行って、明朝からカラ・パタールへ、と云うことになり、早めの昼食となる。ここからは、カラ・パタールへのルートが良く見える。エベレストBCへはクーンブ氷河の右岸モレーンの道を行く。氷河は真っ黒(モレーンに覆われている)で、時たま小さな池や白いところが見えて氷河と分かるくらい。ヌプツエがさらに大きく、所々に短い氷河が見える。やがてエベレストが見えてきた。モレーンから氷河の中に入り、タルチョが掛けられた氷河上からヌプツェとエベレストの尾根との間、奥にエベレストが見え、ここに延びるクーンブフォールがエベレストの登行ルートである。この氷河上からアイスフォールを廻り込んだ所がBC地とのことで、すぐ先なので、ここまでとする。帰路、モレーンの間から、カラ・パタールがちらりと見える。

◆9月19日(土)曇り時々晴れ  カラ・パタール(5545m)、ペリチェ(4240m)

朝5時、霧の中を出発する。起きて出発用意して食堂に出たら全員揃っていて、すぐ出発となったので、呼吸を整える間がなく、そのまま登り始めたため、霧の中の登りで息苦しく、頂上に着くまで直らなかった。霧も頂上近くまで続いたが、その上は素晴らしい雲海で、頂上からはエベレストを始めヌプツェ、プモリ、アマ・ダブラム、カンテガ、タムセルク等々、今まで見えていた山々がくるりと360度の大展望。感激であった。頂上で一人、変な格好で何か探している盛小根さん。先に南米で携帯電話を紛失していた彼女は、今回もまた無くしたようだ。諦めて下山開始、下りだした時、エベレストの肩が輝き出した。しばし注目。やがて、素晴らしいご来光を見ることが出来た。下るに従い、霧も晴れてきた。ゴラクシェプに戻ってから朝食。あとは下るだけ。だが、天気は何時ものように雲が次第に多くなってくる。ロブチェにて、預けた荷物を引き取って、ポーターさんの荷物がまた重くなる。ご苦労さんです。

下りは早く、トゥクラにて昼食と云われ、チャーハンを注文はしたが、味覚が合わず、ほとんど食べられなかった。ここから更に一ピッチ。カラ・パタールからペリチェまで、1300mくらい一気に下ってきた。シュリさんから、今日は飲んでもいいと云われ(途中でも少し飲んだが)、持参のアルコールはほとんど無くなった。

◆9月20日(日)晴れ   クムジュン(3780m)

今朝は雲ひとつ無い素晴らしい快晴。アマダブラム、カンテガ、タムセルクからタワチェ、テョラツェ等6000m級の山々が素晴らしい。出発してしばらく、ディンボチェからの道と合流すると、またローツェが見えてくる。のどかなカルカのある農村風景を、往きとは違った感覚で見ることが出来る。イムジャコーラを渡ってタンボチェへ登り返し、昼食。相変わらずローツェとエベレストがよく見える。こっから、600m下って、イムジャコーラを渡り返し、再度600m近く登り返して、クムジュンへ。ここは、ナムチェで2泊した時に、エベレストビューから下ってきて、昼食をしたところだ。さすがにこの登り返しはしんどかった。今日はここに泊まって、山行が順調で一日余った日程で、明日はクーンブ地方の避暑地的な所で、この地方のヒマラヤ開拓時に多くの貢献をしたシェルパを一番多く送り出した地、ターメをおとすれる予定だ。これは、シェルパのフリさんと盛小根さんが何処か行く所は、と云うことで決めたようだが、私は文句を云った。年寄りをいたわって、一日くらいゆっくりする日を設けてもいいだろうと?。

◆9月21日(月) 晴れのち曇り夜雨  ターメ(3820m)

今日も天気はいい。ロッジの裏の畑では、昨日遅くまでソバの実を収穫していたが、早朝はもう、畑を起こしている。一家でよく働く人達だ。前回の同じルートからシャンボチェへ行き、ナムチェへ下らず、ターメに向かう。一度下って各集落へ少しずつ登り返し、タモで検問があり、サムディでティタイム。立ち寄ったレストランの主人はエベレストに4回登ったとか。

ここから下って、凄いゴルジュに架けられたボーデコシの橋を渡ると、ターメへは、チャジョドレンカの沢に沿って最後の登り。やがて集落が見え始める。農地が多く、家は少なく見えるターメの町。ほんに、避暑地のようなのどかな雰囲気がある。ここには、ナムチェを始め、周辺集落の電気を賄うクーンブ発電所がある。ダムがあるのか?、と聞いたら、あるとのこと。日本のように(何処でもそうだと思うが)、川を堰き止めて発電していると思ったが、ここでは、大きなため池のような物を作り、そこから発電している。そういえば、車が入らず、全て人力とヤク等の動物しかいないのだから、と思い直した。この発電所は、落差205mで、ベルトン水車2基で600kwの発電能力らしい。

ここではエベレストに19回登って、ギネスにも乗っている「アッパ」さんが経営しているロッジに泊まる。午後、霧が多くなってきたが、集落の小高い山の中腹にある標高が4000m近いコンバに行くが、生憎、住職が不在で、中には入れなかった。夜は、久しぶりに雨の音がしていた。

◆9月22日(火)晴れのち曇り夜雨  ベンカー(2630m)

素晴らしい天気。昨夜の雨が、標高5000m以上では雪だったらしく、白くなっている。カラ・パタールも雪なのだろうか?。今日も結構長い行程だ。ナムチェが見える所まで戻ってくると、なんだか懐かしい感じがする。ナムチェのベーカリーで昼食を済ませ、長い下りから吊橋に出ると、風の強い橋の上で、タルチョの取替えをしていた。強風で苦労していたが、やはり新しいタルチョは気持ちいい。

モンジョの手前の検問で、下山届けをして今日の宿、ベンカーへ。ここは、電気事情が悪いのか、夕食時に電気が消えたり、食べ物は古く、良くなかった。夜にはまた雨となった。トイレに行ったら電灯が赤々と付いていた。

◆9月23日(水)曇りのち雨    ルクラ

今朝は曇天で山は見えなかった。今日は最後のトレックでやっとルクラだ。一度通った道は、よく覚えているし、懐かしかった。昼前にはルクラに到着。飛行場の手前の宿で昼食。久しぶりにシェルパ、ポーターさんを交えて、ビールで最後の乾杯をした。皆さん有難う、ご苦労さんでした。食事も久しぶりに美味しかった。午後は、少し散策にでかけるが、雨にもあい。帰ってから、夕食まで、部屋で寝てしまった。さすがに疲れていたのであろう。ポーターさんとは今日でお別れ、彼らの別れの挨拶か、カダ(布)を、お礼に首に掛けてもらった。夜も雨が降り続いていた。明日は飛行機が飛ぶであろうか?

◆9月24日(木)〜26日(土)  カトマンズと観光、帰国

朝一の飛行機に合わせて食事を取ったが、雲が多く飛行機は来ない。一時間半くらい遅れてやっと一番機が来た時は、これでやっと帰れると思った。 カトマンズに着いてからはシュリさん、もう観光ガイドに切り替わり、シェルパのフリさんと別れてから、25日の夜、カトマンズを離れるまで、バクタブル、パタン、カトマンドゥの各ダルバール広場等を案内し、ヒマラヤの展望台ナガルコットの丘のホテルに宿を取ってくれたり(雨でヒマラヤは見えなかった)、最後の夜の食事は民族舞踊でもてなして頂き、空港へ。シュリさん有難うございました。

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