長々と書いてしまった後、推敲する時間はなく、さりとて削るのも労が大きい。ということで、そのまま掲載することにしました。長くなったのは、記憶&記録に残る山行だったからか。
要点は、集中にかける、パーティリーダーの〇〇なまでの情熱が、雨の中の3:30起床、4:15出発を実現させ、ヘッデン&雨中の2時間の林道アプローチ、かつ情熱ゆえのルート間違い、そしてそれにも全く動じず、前進し、見事、11:10に山頂に立ったB パーティの伝説として残したい実話。さらには、心技体の重要性&山スキーの機動力か・・・。
〜モチベーション〜 とある調査で、「教えを乞いたい人物bP」にアメリカ大リーグのイチロー選手が選ばれたそうだ。そして、乞いたい教えの内容は、「モチベーションを維持する法」。日帰りパーティのリーダーは、係の一人でもあるホルモンK氏。実施前、計画書とともにMLに送られたメッセージ「集中目指して暗い内から発射しまっせ。」を見て、私は「雨上がりの夜空に、か。日が長くなったけど、明るくなるのは6:00前かなあ」と気楽に考えていた。もとより、集中の希望ルートの回答に「日帰りなので、トレースのあるルート」と書いた私である。諦めていたわけではないが、集中できないこともあるかと思っていたことは否めない。
小雨の下、駐車地ではったテントの中、ホルモンK氏に起床時刻を尋ねると「3:30」。耳を疑ったと書くと、ひんしゅくだろうが、正直な気持ちである。ましてや、確実に雨予報らしい。文学的な話をしながら手早くロング缶2本の寝酒を飲み干したが、就寝時刻は午前様。最大でも3時間余りの睡眠。そして、短い時間に、「トイレに起き」、「オイ・・・コラ・・・」、「すみません」などの事件があり、ほんとに眠ったのはどれほどか??
ショパンの香りなど決してしない雨音がテントを叩く中、3:30前には起床し、4:15出発。暗い中、車道に出るルートを発見したのは、さくらばか氏。彼も、モチベーション十分らしい??
ヘッデン+2月の雨。個人山行なら、まず、あり得ない(と私は思う)シチュエーションの中、3人はスキーを担いで歩く。ホルモンk氏が「除雪がしてある!」と悔しそうにつぶやいていたが、山スキーヤーにとって、除雪は厄介ものなのだと初めて知った。養魚場からは除雪はなくなるが、人跡のみの橋を渡った対岸には、ショベルカーとそのキャタピラの跡。私は、この先、除雪がされているのではとツボ足で歩くが、期待むなしくキャタピラ跡の残る雪が続く。二人は、養魚場からすぐにスキーを履いていた。
集中山行には、幾つもの制約がうまれる。集中時刻、ルート、パーティ人数、メンバーの嗜好の多様さなど。それをいかに楽しむかが集中山行の意義なのだろう。今回は、天候も大きな制約の要素となった。パーティの裁量では中止にできない(これは、私だけが感じたことだろう)という制約である。そして、私にとっては、それらの制約は、そのとおり制約でしかなかった。さらには、今回、私に新たな制約が加わる。それは、山行形態=「山スキー」だった。山スキーは持ってはいるが、数年来使っていない「フリーベンチャー(フリートレック)」。滑降はいち早く諦めたが、シールが剥がれないか、シール登行でついていけるか、など、不安は大きい。フリートレックをはいて歩き始めれば、ビンディングの無段階調節ができないために、ビンディングが外れまくる。結局、左右違うサイズにして、止め具の角度の微調整など、微妙なセッティングによって、使えるようになった。が、歩けても、苦には違いなく、必死に2人のトレースを追った。
雨は容赦なく「ヤッケ」を通過し、服を濡らし、肌を濡らす。6:00前、2人が尾根の取り付きを検討している。スキーをデポし、スノーシューに履き替えている自分に、それに加わる余裕はない。もとより、スキーをはじめ、あらゆることに時間がかかり、寒さと気だるさで朝飯を口にすることすらできなかった状態で、ルートファインディングはお任せだった。実際、私には、どこにいるかよく分からなかったが、2人が「栗谷出合を過ぎ」「つづら折れも過ぎた」としっかり検討しているのを聞いて、確かにそうだと心の中で頷いていた。そして、その時点では、大正解だったのだ。
しかし、下山の際に分かったことだが、ここから素直にまっすぐ尾根(緩傾斜の植林帯)に取り付いていれば正解だったが、林道が続いているということで、右に折れて林道を進んでしまったことが間違いだった。そして、林道は知らぬ間に沢を渡り、大きく左に屈曲している地点で雪が林道をふさいでいたために林道を見失い、そのまま斜面をトラバースし、左手の尾根(の脇の斜面)に取り付き、ジグザグに登りに入ってしまった。これも、下山の際に分かったことだが、この間、数分、数百メートルのことで、ルートが180度変わっていたのだから、山は恐ろしい。
ホルモンK氏が、急斜面を巧みにつづら折りに登ってルートを開いていく。まだまだ、雪が豊富なので、ほとんど雪を拾って登って行ける。スノーシューで山スキーのトレースを追うが、山スキーはシールがある故、斜めでも止まるがスノーシューはそうはいかない。さらには、山スキーにはエッジがあり、トラバースに長けるが、スノーシューはそうはいかず、その上幅が広いため、さらなる困難が生じる。
ようやく、雨がみぞれに変わり、濡れに対する不安は収まるが、今度は冷えに対する不安が高まる。トムラウシのガイド登山の事故を思い浮かべ、下山(中止)の申告も頭をよぎる。大袈裟ではなく、それほど、モチベーションが下がっていたし、体も冷えていたと感じた。大きく遅れながら、山屋として最低限、コンパス(だけ)を見てみると、何やらおかしな方角を指している。それでも、ポケットの地形図を見ることはしなかったのは、疲労に加えモチベーションの低さゆえである。(自分では、低体温症もおぼろげに考えていた)
傾斜が緩んで、平らな小ピークを通過し、下降。「??」 また、広い尾根に出る。ここでやっと、一同「変だ」と確信する。地図とコンパスを見れば、予定ルート(ダイレクト尾根)の対岸の顕著な小ピーク(1261m)にいることは明確だった。「やっちまった」が、薄暗い中、ジグザグに尾根に取り付いたのだから、いたしかたない。尾根を登り始めた時に、こまめに方角を確かめていれば分かった可能性は高いが・・・・。
尾根に取り付いてしばらくは、私の中の「火」はほとんど消えかかっていたが、コンパスを見て「おや?」と思ったとき、消えかかった火がくすぶり始めた。そして、ルートが違っていることが判明したとき、その火が小さな炎となった。その後、正規のルートを見出すまでの間に、完全に火は起きた。ようやく、疲労凍死の不安(中退願望?)から抜け出すことができたのだった。
再度、ルートを外し、これを下って間違っていたら諦めて下降しようという話になるが、3人寄ればなんとかなるもので、視界不良の中、正規のルートを見つける。地形図からは判読不能と思われた地形も、実際には小さな尾根がしっかり続いていた。
時刻は7:30。「遠回り」「間に合わないのでは」とのメンバーのつぶやきにも、ホルモンリーダーは全く動じない。往復で違うルートをトレースできると喜んでいた。確かに、行くしかない。
締まった雪の上、スキーとスノーシューは快適に進んでいく。1607m周辺の広い尾根は、価値あるものだ。ここをトレースできた幸せを感じる。
山スキーゆえか、一旦、浅い沢を狙って下り、対岸、つまりはダイレクト尾根に登り返すよう、ルートを取る。尾根どおしに登って降りる代わりに、尾根を外して下って登ったということか。もともと沢好き、これも一興である。
登り返してすぐに、シーバー交信となるが、受信はない。念のため、携帯電話でメッセージを送っておく。傾斜が緩んだ地点の地形にちょっと戸惑うが、自然にダイレクト尾根に乗れ、山頂を目指す。山頂すぐ手前で正規の横谷左岸尾根と合流する。山頂直下は「ぬり壁」のようだが、左に回りこんで主稜線に乗り、11:10、ピークに立つ。なぜか、Aパーティはいなかった。
Aパーティがいない理由が見出せないまま、視界不良の中、防寒着を着込んで待つ。シーバーを開くが、何もなし。コールをするが、応答はなく、却って静けさが増すばかり。昨日もらった岡庭君からのメールからして、間に合わないわけはない。
予定時刻の12:00を過ぎても、変化はない。先行下山を決めようかという12:15、岡庭君の声がシーバーから聞こえた。主稜線に上がったが、あと2時間はかかると言う。戻ることもできないとのこと。「戻ったほうが早いんじゃない?」と思いながらも、無事を確認できたことを喜び、先に下山することに決定した。
ガスの中、広い尾根は分かりにくく、トレースがあるからいいようなものの、なかったら結構大変そうだ。広く緩めの尾根は、山スキー向け。1,2分であっという間に滑っていく2人が、私を見える範囲で止まって待っていてくれる。私は、1人スノーシューで追っかけるが、そのたびに5分は待たせていただろう。その繰り返しで、下っていく。途中、長さからいえば支尾根に入るが、広さはスキーにうってつけの左の尾根に入る。最後のほうは、急傾斜になるが、2人は上手くこなしていく。私は、時折、バックステップになる。
雪の横谷に下り立ち、沢沿いを、トラバースを続けて林道に至る。往きのルート間違いを確かめ、フリートレックのデポ地に無事到着する。この頃には、稜線以外の天気は回復していた。Aパーティは、今頃、山頂かなと話をしながら最後の休憩を取る。あとは林道を滑るだけ。私だけ、沢に落ちないよう、ゆっくりとスキーを滑らす。養魚場から舗装路を歩き、駐車地で3人合流。ここでも、15分の大差・・・。
集中できなかったのは残念だが、Bパーティは伝説を残した。ホルモン氏、さくらばか氏、2人とも他の会を辞めて、わざわざ名古屋ACCに入っただけのことはある。クレイジー!!! 恐れおののく私も、同様に他会から入会した一人だが、今は???。ほぼ同い年の2人の狂気に、心の中で拍手喝さいを送るのであった。