2009年の年末山行の屈辱戦。。。5人だったメンバーは3人になってしまったが、久しぶりに百名山をカウントできた。
コースは前回同様、小渋川から広川原経由。大鹿村の林道はゲートの、さらに手前「開通は5月上旬から」の看板があり、もうその上旬なのに???とぶつぶつ言いながら前回同様、対岸で下沢が合流する付近の工事用建物の脇で仮眠した。
工事作業小屋の林道脇・ユンボの隣に車をデェポし、身支度を整えて出発。いったん、道を間違えてすぐ河原にでてしまい引き返す。例の看板に見送られ、ゲートまで林道歩きに一時間のアルバイト。ゲートに登山届けのポスト、計画書を投函しておく。その先の小渕川沿い林道を経て見覚えのある七釜橋を渡り、ようやく対岸の川床に降り立つ。さすがに川原に雪は無いが、その分水量が増し流れも速い。いつもお供をしているダブルストックで水嵩を図りながら、途中ザックの吊り上げ・懸垂なども交え側壁をヘッリながら行くと、まもなく右岸に50mは在ろうかと思われる高山ノ滝。冬の時は氷が張り付いていたが、今回は跡形もなくどどーっと水流が落ち、近づくと霧雨に当たように体が濡れる。落ち口も見え、多段になっているのがわかる。ここから、進行方向に赤石岳の馬の背から派生する2428mのピークが現れる。今回は崩れて機能しなくなった巻き道に入り込むことも無く、スムーズに広河原小屋に到着14:50。天気も安定しているし、あと2〜3時間は行動できるのだが、はたして積雪している場所まで辿り着けるか?水を担いで先へ進むか?微妙な状況に協議した結果、明日の12時間行動を承知確認し合い、小屋前でさっさと初日の頑張りを慰労し合っていた。
このメンバーの山行には珍しく、2:00起床。ヘッデンで予定通り4:00発。リベンジ山行であることと、天気が安定しているという理由で気合の入れ方が違っていたのは私だけでは無い様だ。谷に振られないよう、慎重に広い樹林を尾根の基部まで行く。前回は崩れ気味の取り付きが見つけられず、ずいぶん苦労して急斜面を登らされたが、ややもすると倒木に紛れ見落としそうになるテープをうまくつなげ正規のルート取りができた。樹林の尾根道は2000m付近まで残雪無く途中、前岳から派生する尾根の荒々しい大崩壊地の大滝を目の当たりにする。森林限界から先のただ広い尾根をしばらく行き、荒川小屋方面からの踏み後が合流する広い稜線で、天気は良いが避けようも無い風に吹かれながら小休止、行動食を摂っておく。ここでようやく前方に人影を見た。太陽の周りを取り囲むように虹が出て、久々のブロッケン現象に歓喜、南アルプスには珍しい白と茶のマダラ模様の雷鳥にも出会えた。急斜面を登り、小赤石岳の肩3030mまで来ると向かいに富士山が大きく居坐っていた。南北に伸びる尾根の東側に雪庇が張り出し、随所に亀裂が走り、踏み抜かない様に気を使う。ようやく小赤石岳で標識を確認し、いったん下って赤石岳山頂3120mに到着。風が強く記念写真を撮り、非難小屋の上がり口へ行く。中までしっかり雪が吹き込んでおり、結局小屋の脇で風を避け、太陽を浴び少しのんびりできた。
下山にかかるが、稜線から広川原へ下る尾根を間違える。原因は私に有るのだが、先を行く石田さんが稜線を行きすぎ、戻ってくる様子を目の当たりにし"迷っている?"ととらえてしまった私は、登って来る時、通過しなかったった大聖寺平の確認を主張、道標に辿り着いた。標識通りの方向への下山をここでも主張、二人が合意してくれたが石田さんは盛んに登って来たときの全体概念と合わないと盛んに首をかしげている。実際は、左寄りに大きく行って一番大きな尾根からの下山が正解だった。とにかく、だだっ広い雪の岳樺帯を下ってみる。まもなく、遠くに見ていた"大崩壊地の大滝"が近くに現れ、大きく荒川寄りの支尾根を下っていることが判明! 正規の尾根に向け1時間費やし、左へ左へとガレと尾根のトラバースが続く。途中、踏み跡らしいのも現れるが後になってみると、熊の足跡だったのでは?ということになった。藪になると大変なので、雪面を保っている高度でのトラバースは、夕暮れとの勝負となる。そこはリーダの石田さん、樹林の中では見落とす可能性もあるのでとサングラスを外しての頑張り、正規の登山道へ。偶然にも「3K」の看板の在る地点だった。そこで行動時間はすでに11時間、ビバークも想定し行動食にと握ってきたおにぎりをみんなでほお張り、ほっとした。小屋に辿りついたのは残照残る17:30過ぎ、よく歩いた一日だった。
長かった昨日の行動のおかげで、お酒を飲み残したままで早めに全員が寝てしまったので、今日の目覚めは5:00っと早かった。またも、このメンバーとしては珍しく下山だけだというのに、7:30には小屋を後にして4回目の通過となる小渋川の渡渉を二時間弱で終わり、新緑の林道を経て車に辿り着いた。